後編
「ど、どこに行くの…??」
「こら、失礼な口のききかたをするな! 僕のパパは偉いんだぞ!!」
強引に引っ張られて…むしろ、そのスピードについていけていないは半ば空中を引きずられるようにして、
修羅の思うままいずこかへ去ろうとしていた。
「え、と、じゃあ…修羅様! どちらへおいでになるのですか?」
修羅はえへんと咳払いをひとつ。
「とっておきの遊び場所があるんだ! 他の誰にも内緒だぞ」
「えっ?」
「おまえにだけ教えてやる! えーと、おまえ、名前は?」
「私、です…」
「か!! わかった!!」
それきりまたスッタカタッタと走るのみ。
目まぐるしく変化する周囲の景色に、はめまいを起こしかける。
(あぁ〜どうなっちゃうの〜)
魔界には数度来たことがあるだけで、地理も何もわかったものではない。
小さな王子様にぴったりついているより他はないようだ。
広い城塞を抜け、街ではなく樹海の方へ向かっていることがわかる。
「魔界へ連れていってあげてもいいけど、くれぐれも気をつけるんだよ。
オレがそばにいられないときに、ひとりで街の外に出ようなんて絶対に思わないで」
蔵馬がしつこいくらいにに言って聞かせた言葉がよぎった。
煙鬼の提案した自治法が働いているとはいえ、魔界はまだまだ混沌としている。
戦闘能力皆無のに、小さなこども。
このふたり組がどこかの性悪妖怪に捕まっても何ら不思議はない。
(ど、どうしよう〜〜)
どうしようもないのだ。
修羅にあらがうどころの話ではないのだから。
修羅は相変わらず、自分よりもかなり背の高いの身体を難なく引っ張り続け…
とはいえ、は大人としては華奢なほうなのだが…樹海の中を目にもとまらぬ速さで走り続けている。
やがて景色が開けて、広い野原に出た。
中央に奇妙にでこぼこした木が生えている以外、野原と空しか見えるものはない。
その空も、魔界の天気にしては珍しい綺麗な青空だった。
「ここ、この木の上なんだ!」
根本でいったん立ち止まると、修羅はぴょいと木の上まで跳び上がった。
「、早く来いよ!」
「えっ」
そんなこと言われても。
霊力が強い以外は普通の人間であるに、そんな芸当ができようはずもない。
運動神経は普通以下と自負するほどで、すでに逃げ腰だ。
「どうした?? おまえ、もしかしてここまで跳べないのか??」
修羅はきょとんとして聞いてくる。
困惑した様子でうなずくに、まだ不思議そうに首を傾げて。
「ふぅん…そんな奴もいるんだな」
「人間ですから。修羅様たちのように、強くはありません」
苦笑してそう言う。
一方の修羅は強いという言葉に気をよくしたらしい。
満面の笑みを浮かべると、またぴょいと木の枝から飛び降りる。
「じゃあ、僕が上まで連れていってやる。つかまってろよ」
が返事するよりも早く、修羅はなんとをお姫様抱っこで抱え上げて、
えい、というかけ声とともに跳び上がったのだ。
「きゃあ!」
「なんだ、怖いのか? 大丈夫だ、僕がついてるからな」
修羅はにっこりしてそう言ったが、その顔がなんだか年齢以上に頼りがいがあるように見える。
大人が子供に抱え上げられているというその状態はひどく不格好に思えたが、
は不思議と不安を感じなかった。
それは、いつも蔵馬がにそうするように。
修羅は木の枝の上にをちゃんと座らせると、自分は少し高い位置の枝まで登ってゆく。
修羅の姿をしばらく見送って、はふと枝の下をそぉっと覗いてみた。
…ものすごい高さだ。
どう考えてもひとりでは降りられない。
あまりの高さに血の気が引く思いのを、頭上から修羅の声が呼ぶ。
「! 見ろよ、これ!!」
修羅はその両手に何かを掬うように持って、の座っている枝まで降りてきた。
「…?」
その手の中に、鳥の羽根のようなものが何枚か載っている。
「これは?」
「見てろよー」
修羅は一枚をつまみ上げて、ぱっと空中に放す。
の目の前をふわふわと舞い落ちる羽根が、膝元あたりでゆるりと姿を変え、
虹色の鳥の姿に変化すると、青い空へ羽ばたいたのだ。
「……………!!」
「すごいだろー。これ、虹の根の木なんだ」
「すごい…!!」
が心底感動した様子なのに修羅は満足げに、また一枚、二枚と羽根を放って虹を作り出す。
鳥が描いた軌跡が、空に弧を描き虹となる。
魔界の空に、数本の虹がかかった。
「素敵…」
うっとりとした様子のに、修羅はちょっと顔を赤らめて笑って見せた。
「僕とだけの、内緒だからな」
「はい。修羅様、お約束」
は小指を差し出した。
「?? なんだ?」
「人間界では、大切な約束をしたときにはこうして」
修羅の手を取り、小指を絡めてやる。
「こうして、小指を結んで約束、ってするんです」
「…そうか。約束だな!!」
「はい」
人間界から来たらしい不思議な侍女を喜ばせてやれたことに、修羅は満足して笑った。
一方、癌陀羅では。
とうとう修羅に追いつけなかった六人衆の報告を受けて、蔵馬がを心配してヤキモキしているところだった。
「黄泉! おまえの耳なら聞こえていただろう!!」
「そう怒るな。修羅が一緒なら心配あるまい」
のらりくらりとかわしながら、肝心の居場所は黙っている黄泉だ。
「やっぱり目を離すんじゃなかった…に何かあったら…」
頭を抱え込む蔵馬を端で見ながら、六人と黄泉とは笑いをこらえるのに精一杯だ。
冷静沈着で知られる蔵馬が、恋人のこととなるとこれほどまでに取り乱す。
笑いをごまかすのにごほんと咳払いをして、黄泉が言う。
「…蔵馬、帰ってきたようだ」
黄泉の言うのに返事すらしない。
ぱっと顔を上げると、蔵馬は猛スピードで走り出した。
「…恋は盲目とはよく言ったものだな」
黄泉がぽつりと呟いた一言に、六人もうんうんと頷いた。
修羅とは仲良く手をつないで癌陀羅へ帰ってきたところだった。
「!!」
大声で呼ばれてが目を上げると、蔵馬が肩で息をしつつ、奇妙な表情でを見つめている。
が訝しげに首を傾げると、蔵馬はキッと表情をつり上げて。
「どこに行っていたんだ!!」
怒ろうとすると、修羅がを背に庇うようにして蔵馬を睨み付けるではないか。
「…修羅?」
「蔵馬、を怒るな! は僕のじじょで僕の友達なんだ!!」
が侍女であるというところは修羅の中でまだ否定されていないらしい。
「………」
「なに??」
「いったい何があったの」
「えぇと…」
が困ったように首を傾げて微笑む。
六人と黄泉とはそこでやっと蔵馬に追いついた。
「僕とだけの秘密! 約束したもんな、」
「ええ、お約束しました」
ふたりはうふふと目配せして笑いあう。
それが、どうにも蔵馬には面白くない。
蔵馬の妖気がかなり不機嫌になっていくのを目の当たりにして、焦るのは六人衆のみだ。
「…とにかく修羅? はこの国の侍女じゃないんだ」
「え??」
「は人間界から連れてきた、オレの婚約者なんだ。だから、オレに返してくれないかな?」
「…こんやくしゃってなんだ??」
人間界特有の単語にはまだ慣れない修羅だ。
「えーと…それはね」
一瞬考え込んで。
「結婚の約束をしている人のことだよ」
きょとんとして黙り込んでしまった修羅。
はあららと苦笑して修羅を見やる。
「、蔵馬とも約束してるのか?」
「え? ええ、修羅様とは違う約束ですけど」
そう答えるの顔が妙に赤くなって、けれど嬉しそうなのが修羅には気に入らない。
「ゆびきりしたのか??」
「…指切りはしてないかな?」
聞くなり修羅はしてやったりという顔をして。
「ふん! 蔵馬、人間界では約束するときはゆびきりしないとダメなんだぞ!
蔵馬はとゆびきりしてないけど、僕はとゆびきりしたんだからな!!」
そう言うと、修羅は思いっきりに抱きついた。
(((やばい!!)))
危険を察知した六人が駆け寄るが遅かった。
子供相手にキレた蔵馬が妖狐化してあたりを破壊し尽くしたのは言うまでもなかった…
back close その後…