前編


蔵馬に連れられて魔界へやって来た

魔界全土を巻き込んだトーナメントで大統領が決まって以来も、彼はたまに魔界の仕事を請け負ったりしている。

一緒に訪れた癌陀羅で、蔵馬とをたくさんの笑顔が迎えた。

六人衆がいち早く察知して駆けつける。

「蔵馬ァ! 久しぶりだー!!」

無邪気な風使いは空から現れてと蔵馬とに後ろから抱きついた。

「やぁ、陣! 相変わらずだな」

「おまえたちこそ相変わらず、仲が良いな」

一緒に現れた凍矢が苦笑気味にそう言う。

「武術会での一件もちゃぁんと覚えてるぜ」

酎はいつものとおり、酒瓶片手に二人を茶化すが、には心当たりがない。

「…なんのこと? 武術会で何かあった?」

蔵馬がやっとの恋人に昇格できたその夜の一部始終を、陣・凍矢・酎・鈴駒と幽助・桑原は

しっかりと覗き見していたのだが、その事実をだけがいまだに知らない。

よけいなことを言うなという目で蔵馬が酎を睨んだ。

「今日は何の用事で来たのさ、二人とも?」

鈴駒の問いに、蔵馬ととは目を見合わせた。

「オレは仕事なんだけど。がまた魔界に遊びに来たいと言うから」

「…ついでに観光しに来ました」

は花のように笑う。

「…美しい………!!」

名前通り(今は名前の前に“美しい”を付けずとも怒りはしないが)、鈴木は美しいものに目がないらしい。

その横で死々若丸があきれたように息をついたが、

小鬼姿を解いている今、彼なりにの前では外観を繕っているらしい。

にほれぼれとする六人だが、蔵馬はさりげなく自分のものであることを主張するのを忘れない。

「さて、。まだきちんと黄泉に会ったことはなかったね…?」

「うん」

「じゃ、行こうか。一応紹介しておこう」

しっかりとの肩を抱き寄せると、旧癌陀羅国王の執務室へと向かう。

ついていくことが出来ない六人は、名残惜しげにその後ろ姿を眺めているより他なかった。



「黄泉。いるか?」

「…蔵馬か。よく来たな」

今は本心から彼の訪れを歓迎する黄泉は、彼よりもずっと強い人間臭の正体をやっと知った。

「蔵馬。そちらは?」

「ああ、恋人なんだ。…トーナメントにも顔を出していたんだが、会ったことはなかっただろう?」

蔵馬の表情が幸せそうにゆるむのを黄泉は知った。

「ほう、おまえに人間の恋人がいるとはな。…お初にお目にかかる」

、彼が黄泉だよ。前に彼について話したことがあるだろう」

どんなことを吹き込まれたものだかと内心訝しい思いを抱く黄泉だが、

が鈴を転がすような声で挨拶したのを聞いて、そんな懸念も吹き飛んでしまう。

「仕事のついでに魔界を案内することになってね。しばらく滞在させてもらうが、構わないだろう?」

「ああ、何日でもいるといい。部屋はどうする?」

二人が顔を見合わせたのがわかる。

「…一緒でいいよね?」

「うん」

以前の蔵馬からはまったく想像もできないような甘い会話だ。

「そうか。では、侍女をつけよう。蔵馬が仕事をしているあいだは勝手もわからんだろうしな」

「…六人がいるから、問題はないと思うが」

「女性には女性の話し相手が有り難いこともあろう」

黄泉の心遣いに、と蔵馬は申し出をありがたく受けることにした。

やがて、二人の侍女が呼ばれる。

「黄泉様、お呼びにより馳せ参じました」

「ご用命をありがとう存じまする」

綺麗にハモってお辞儀をし、顔を上げた二人にも蔵馬も驚きを隠せない。

「わたくしはミギと申します」

「わたくしはヒダリ」

「驚いたか? 双子の姉妹なのだ」

黄泉は愉快そうに言う。

「ミギ、ヒダリ。こちらは蔵馬の恋人で、という。二人が滞在する間、の身の回りの世話を命ずる」

「御意のままに、黄泉様」

「仰せのままに」

二人は綺麗に揃ってまた礼を返し、即座にを引っ張っていってしまった。

「…あれはなかなか優秀な侍女たちでな。人間界のことを勉強させている最中だ。心配はいらん」

「ああ、…ありがとう、黄泉」

が不安げに蔵馬を振り返るのが見えた。

それが妙に愛らしくて、蔵馬は苦笑してしまう。

「変わったな、蔵馬」

「…そうか?」

「…おまえが人間界に固執する理由も、わかる気がするよ」

「………」

二人の間に、かつて流れた緊迫感はすでになかった。



様、まずはお部屋へご案内を」

「蔵馬様の私室はこちらでございます」

蔵馬が以前癌陀羅に滞在したとき使っていたという部屋に引っ張って行かれる。

ぴったり息のあった双子姉妹は、にあらがう余地も与えない。

六人がと双子姉妹を見つけて寄ってきてくれたのだが、

「まずはお召し替えを、様」

「殿方は立入禁止でございます」

「蔵馬様にお叱りを受けてしまいます」

「まぁ恐い!」

と、どうにもわざとらしい口調でそう言いながら風が過ぎるように行ってしまったので、

声をかけることすら出来ずに呆然と眺めていることしかできなかった。

「着替えって、でも」

「癌陀羅の民族衣装もようございますよ」

「きっと蔵馬様も喜んでくださいます」

蔵馬の名前を出されると弱いだ。

渋々といった感じで用意された服に袖を通してみる。

赤と白を綺麗に組み合わせた不思議な構成の服で、

着慣れないはどうにも照れてしまって、部屋の外に出る気がしない。

様は姫君様でございますから、戦いなどに赴かれることはありませんでしょう」

「ええ、私はまったく」

ミギとヒダリの芝居がかった物言いに、も少し慣れてきた。

男性は殿方、女性は姫君と仰々しく言うこともあるようだ。

振る舞われたお茶が人間界のものだと説明を受けて、多少はほっとする。

「魔界では女性でも子供でも戦闘は茶飯事にございます」

「ですから、民族衣装もこのように動きやすい構成になっております」

「とてもよくお似合いでございます」

「蔵馬様のお帰りが待ち遠しいこと」

おほほと笑うふたりはなんだか可愛らしくて、何となく憎めない。

はふたりとしばし世間話を愉しんだ後、次元を超えた疲れを癒すようにと部屋に一人にされた。

時折蔵馬が訪れるというその部屋は、確かにわずかな彼の気配が残っている。

ベッドに横になってみると、蔵馬の気配のもたらした安心感のせいか…

はすぐにまどろみ始め、寝入ってしまった。



ぼふ。



何かがベッドの上に飛び乗ってきて、はバッと起きあがった。

「…何…?」

一瞬蔵馬の悪戯かとも思ったが、ベッドの上に起きあがった相手に目を丸くする。

「…おまえ、誰だ?」

偉そうな口を利くのは、黒髪の少年。

額にちいさな角が生えている。

「…あなたこそ、誰?」

「僕を知らないのか? ああわかった、新しく入ったじじょだな?」

どうも高い身分のある少年らしい。

反論しようとしただが、少年が先に言うのに遮られてしまう。

「僕の名前は修羅! 僕のパパはこの国の王様だったんだぞ!」

「…じゃあ、あなたは黄泉さんの息子さん?」

「そうだ!」

すごいだろう、といったように修羅は得意げだ。

父親が彼の誇りなのだろう。

「僕は蔵馬に会いに来たんだ。蔵馬が遊びに来たとミギとヒダリが言うから来たのに」

「蔵馬に…?」

「そうだ、おまえ、蔵馬のじじょなんだろう? 蔵馬が帰ってくるまで、僕と遊ぶんだ」

「え?」

「そうと決まったら、行くぞ!!」

修羅はの手をぐいと引っ張ると、が抵抗するまもなく部屋の外へと連れ出されてしまう。

「ちょっとぉおおぉおぉおおぉおぉぉぉ〜」

六人がまたに駆け寄ろうとしてくれたのだが、修羅の勢いに負けてどうにも声をかけられない。

「…修羅につかまっちまっただなぁ…」

「どうする? 一応追った方がいいか…」

誰からともなく、どこぞへ去った修羅ととのあとを追い始める。

蔵馬は今のところそんなことも知らずに仕事に精を出していたのだが、

黄泉はちゃんとことの次第を聞き及んでいて、修羅に新たな遊び相手が出来たことを密かに喜んでいるのだった。



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