長の年月02


「よ、やっと来たか、国王サマよ」

躯の軽口にばつが悪そうに頭をかく幽助。

「茶化すんじゃねーって。

 オレが国王になったところで、どーせ今までと大して変わったことなんかやりゃしねーんだからよ」

旧癌陀羅に設置された国務室で今日は新王政幹部の第一回会議が開かれる。

幽助が面倒くさそうにどさりと座ったのがかなり下座よりの席であったことに気づいて、同席の黄泉も苦笑する。

「相変わらずだな、浦飯。お前が張り切るのは戦いの時だけか」

「あったりめーだろ、こういう仕事はオレの担当じゃねーの」

殴るか蹴るか霊丸飛ばすかの選択問題が十八番だぜ、と無邪気に笑う姿は中学生当時とそう変わらない。

「…担当者を呼びにいったんだろう。蔵馬はどうした」

躯のそばに黙って立っていた飛影が口を開く。

そう言えば、と皆が注目するのに、幽助はひやりと汗をかく。

「蔵馬は…こねーって。とりあえず今はな」

のことか?」

躯が眉をひそめた。

が魔界に連れてこられたとき、真っ先に打ち解けたのが同性である躯だったのだ。

同じ女性といえど育った環境から何からすべてが異なる者同士であるのに、どうも気があったらしい。

皆が意外がって睦まじいと躯とをぽかんと眺めている間で、一番驚いていたのは蔵馬だった。

「あー…まぁ、そんなとこ。あいつ、過保護なとこは何年経ってもかわんねー」

幽助が何かをごまかすようにしてまくし立てたことに誰も気づかない。

「一応誘いはかけたんだけどよ。待ってるって言っといた…」

そうか、と一同が納得した。

に関わることになると、冷静な蔵馬も人が変わったようになる。

それはが魔界に来てからは周知の事実となったし、

魔界一のブレーンと毎度政府幹部に求められていた蔵馬はすでに有名人だ。

それが人間の妻を伴っているとなると、煙鬼夫妻と並ぶ魔界の名物夫妻と呼ばれるまでに時間はかからなかった。

そのころから蔵馬はこれでもかと言うほどに対しては過保護だったし、

その様子をしっかり覚えている一同は、一人のために蔵馬が癌陀羅へやってこないと言われても何の疑いも持たない。

複雑そうな笑みを浮かべていた幽助にただ一人気づいたのは、飛影だった。

顔合わせさえすめば会議も何もない、蔵馬曰くの「まとまりのなさそうな」メンバーたちのこと、

世間話に花を咲かせてあっけなく解散となった。

会議室外の廊下に一人立ちつくして、幽助は暗い空をぼんやりと眺めていた。

の姿を認めたときのあの凍り付くような感覚。

薄ら寒い違和感の正体は、何だ?

思い出してまた寒気を覚え、ぶるぶると首を振る幽助。

「…ひとりで一体何をやっている、貴様」

少々あきれた様子の飛影が、振り返った先に立っていた。

「飛影…」

「何を隠している?」

長い付き合いもダテじゃねーなと幽助は笑う。

黄泉ですら感づかなかった幽助の変化に、飛影はちゃんと気づいていたのだ。

「…隠してるってほどじゃねー」

「蔵馬は何でもとりあえず抱え込むからな。悪い癖だ」

昔もどこかで聞いたようなセリフを口にする飛影。

「…どこがどうって言われるとだ。なんつーか、何とも言えねーんだけどよ」

「………」

「なんかがおかしかったんだ。パッと見は二人ともなにもかわんねー。でも…」

それでも、間違えようのない絆の間にわずかに走った亀裂を感じた。

何かとても大切なことを見落としていることに幽助は気づいていたが、それがなんなのかはわからない。

蔵馬が相手なら、もちろんそれを巧妙に幽助たちから隠そうとするだろう。

心配をかけまいとして背負い込み、弱みを作ってしまう。

それが蔵馬の人間らしいところだと言えばそうかもしれないが。

正体のつかめない焦燥に身を焦がされる思いで、幽助はただ曇り空を割って光る稲妻を見つめた。

その樹海の先に、あの二人は今もいるはずだ。

「…オレ、もう一回蔵馬ンとこ行ってみるわ。どうも気になって仕方ねーしよ…」

「そうか」

飛影はひとこと言い置いて身を翻した。

「幽助」

呼ばれて振り返る。

広いガラス窓の外に静かに雨が降り出した。

「そのときはオレも連れていけ」

「…飛影」

フン、といつものようにわかりづらい肯定の意を残すと、飛影はすっとそこから消えた。

…サンキュな。

どれだけ距離が離れても、どれだけ時間を隔てても、その絆は揺るぎない。

それが、蔵馬もそうだということには自信がある。

けれど、どこかでねじれているようなそれを確かめなければ。

心強さを取り戻して、幽助は息と一緒にすべての憂鬱を吐き出すと、飛影が去ったのとは逆の方向へと歩き出した。





「………ねぇ、

「なに?」

「…火傷はもう平気? 熱くないかな…」

「あの程度なら大丈夫」

そう言ってが目線を落とした先には、蔵馬によって丁重に包帯を巻かれた両の腕。

「跡が残らないといいけど…」

蔵馬はベッドに座っているのそばに跪いて、その腕に包帯の上からキスを落としていく。

「それは私に言っているの?」

「…どういう意味かな」

「その通りの意味です」

に言っている」

「それは私に言っていないのと同じだわ」

「…君に言っている」

蔵馬は目線をあげて、ベッドの端に自分も腰を下ろすと。

「オレは君を心配している。

 オレは君に話しかけている。

 オレは君を愛している。 …わかるよね?」

「ええ、言葉の意味はわかります」

は眉ひとつ動かすことなく、張り付いた人形のような笑みを浮かべて淡々と言う。

「貴方の言葉は半分が真実で、残りはみんな嘘です」

「…君を愛している」

「ええ、知っています、蔵馬」

その表情は喜びに彩られることもない。

「私は貴方のためだけにここにいます」

「………それ以上、言わないでくれないか」

虚しくなるだけだ。

蔵馬は強引にを抱き寄せると、有無を言わさずに激しい口づけを与え続け、勢いに任せてベッドへと倒れ込んだ。

愛撫を繰り返し、口づけを繰り返し、蔵馬は黙ったままでを抱いた。

犯すように乱暴な蔵馬の手には怯えた様子も見せずに従っている。

の腕の包帯の端がほどけて緩んだ。

火傷があいだからのぞいたが、蔵馬はそれを気にかけることもしない。

「…蔵馬…」

が細い声で訴える。

蔵馬の耳に届いているかどうかが定かでないと思えるほどに、その日の彼はただ遠かった。

「蔵馬…私を、愛していると、言ってください」

彼の射るような視線がに突き刺さった。

「お願い…言ってください」

は両の手で顔を覆った。

その腕からひらりと包帯がまたひと巻きほどける。

「…傷が痛まないか」

その細い手首を掴むと、力任せに顔からよけさせる。

の潤んだ目はまっすぐに蔵馬を見つめた。

「痛いです」

「…そうだな…そうだろうな」

「お願い」

。言って御覧」

蔵馬はの手首を拘束したまま、その顔をのぞき込むようにして瞼の上で囁いた。

「君は、何だ?」

は腕と胸の奥とが痛むのに唇を震わせながら、やっとの思いで言葉を紡いだ。

「私は、貴方のためだけにここにいます」

「蔵馬、貴方のためだけに。そのためだけに。他のものなんかいらない。感情なんか持たない…」

赦して、とか細い声が請うた。

蔵馬はその手首を解放してやると、また乱暴な愛撫を繰り返し続けた。




シャツを羽織りベッドから降りて、蔵馬はを振り返った。

力ずくで貫かれて、はぐったりと気を失ってしまった。

蔵馬に背を向けて眠っている。

ほどけた包帯には気づかないうちに血がにじんでいた。

息をついて、彼は新しい包帯を薬箱から取り出すと、眠るの腕にそれを当てた。

きちんと手当をし直して、乱れた髪をなでつけてやる。

涙の跡でも見えるかと思ったが、あいにくそんな痕跡はない。

(当然か)

蔵馬自身がよくわかっていることだった。

(まるで絶望だ)

またベッドの端に座って、の頬に指を当てる。

まるで、絶望。

まったくそのとおり。

「これは、オレのエゴだ」

呟いたその一言にどれだけの感情が込められていたか、誰も知る由はなかった。




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