プレシャストーン26 → inside at greenroom.

24日の夜の部を控え、舞台裏は騒然としていた。
やれアクセサリーがない、やれ化粧が間に合わない、やれ糸がほつれだした、やれ誰かが裾を踏んだ。
小さなトラブルはすべて解決していこうとするときりがない。
しかし当人達は慌てながらも場の空気を楽しんでいた。
社会人に比べて学生は気楽だ、というのは確かにそうかもしれないが、学生だってやるときはやる。
持てる限りの情熱を傾けて、時間を割いて、なけなしのお金もかけて、皆で作り上げたショーの本番なのだ。
お客様の目、というものを経験したことのない学生達には夢の第一歩とも言える場である。
また、業界のそうそうたる実力者達が、優秀な人材に成長しうる学生を発掘しにやってくるチャンスの場でもある。
また、経営側の学校としては次の新入生の気を引くための好機会だ。
高校生以下が入場無料なのはそのためで、在校生の多くがショーを見たことをきっかけに入学を決めたともいわれる。
24日の夜の部はインターネットを通じてライヴ放映され、地元のテレビ局や新聞社もこぞって取材に駆け付ける。
毎年のことであるとはいえ、注目の集まりように学生達は興奮し、より完成度の高いショーをと志をあらたにする。
ファクトリー・ホールのそれほど広くないロビーは祝いの花輪で飾られ、受付が据えられていた。
隙間を埋めるように人が詰めかけ、
一歩外へ出れば冬の寒さが肌を刺す夜であるというのに、ひどい熱気でコートを着てなどいられない。
舞台裏で待機していなければならないはずの学生達は、ときどきこっそりとロビーの見える位置までやってきて、
客の入りの様子を見ては高ぶった感情のこもった視線を交わし、楽屋で準備に大わらわのクラスメイトにそれを伝えにゆく。
すると今度は話を聞いた学生がいても立ってもいられなくなり、自分でその様子を見に勇んで楽屋を出てゆく。
そんなことがほそぼそ繰り返されているので、緊張感を持つべきときつく言い聞かされてきた学生達も
どこか浮ついた気持ちを抑えきることが出来ず、楽屋の空気もなんとなく落ち着かない。
一方で、その一団に加わることが出来ないほど緊張が高まり青い顔で震えている者もいて、その差は激しい。
そんな中、けたたましい声が上がり、一瞬喧噪が途絶えた。
「あ──っ! ないっ!!」
以前もこんなことがあった気がする。
なくしたのはクロッキーブックで、クラスメイトにかすめ取られていたのだった。
いまになって思えば、あれは嫌がらせの一種だったのだろう。
今回なくなったのは衣装に合わせて用意していた手持ち小道具である。
ないならないで誤魔化せるだろうが、同じセクションで発表するクラスメイトの作品との統一感に欠けてしまう。
ファッション・ショーという場において、誰かと共同でひとつの世界観を作り上げていこうとするなら、
独自の味があればいいというそれでは通用してくれないのである。
相談を重ねて皆で悩みに悩んだものの一端と思うと、小道具ひとつといえど決して軽んじるわけにはいかない。
「さっきは確かにあったんだけどなぁ……!」
「ねぇ? 私も見たし……」
グループの面々が首を傾げる。
皆で再び手荷物を探し始めたところ、楽屋口が少々騒がしくなる。
運送業者がたびたび学生宛ての届け物を運んでくるが、その何度めかの配達があったようだ。
なくしものに気を取られている一同はそれどころではなかったが、尋常ではない黄色い歓声が上がって何事かと顔を上げる。
小道具をなくした張本人が呼ばれた。
、すごいよ、ちょっと!」
興奮して手招きをするのは、楽屋裏と舞台袖、受付の連絡をとっているスタッフ役のクラスメイトだった。
ショーの運営委員にまわった学生達は、表舞台に立つことがなく目立たないが、大切な裏方仕事をこなしている。
呼ばれて、は立ち上がると首をふりふり楽屋口へ向かった。
学生と衣装と荷物と、さまざま入り乱れて歩きづらいそこをかき分け辿り着く寸前、それはの目に留まった。
女子学生が苦しそうに抱えている、それはひと抱え以上もあるバラの花束だった。
「すごっ! なにそれ!」
「だから、宛てなんだって」
「えー? 嘘ぉ」
まったく心当たりがなく、困惑しながらそれを受け取る。
何本あるのかわからないが、腕にずしりと重かった。
バラの花と聞くとはまず赤を思い浮かべるが、この花束は見事なまでの純白だった。
絹の布地を贅沢に重ねたような花びらは光を浴びると惜しげなくその白を輝かせ、
薄く陰れば青いような緑がかったような不思議な色合いを見せる。
は思わずその色、花びらの重なりの妙に見入り、
これを布で立体にしたらどうなるんだろうという想像にあっというまに意識を絡め取られていた。
きれい、とやっと想像がやわらいだところで、目立たないところにメッセージ・カードが挟み込まれていることに気付く。
つまみ上げて何気なく眺めて、驚いた。

   御招待ありがとう
   客席で見ています
   頑張って
   南野秀一

「ちょっと! 男からじゃん!」
カードを覗き込んできた友人が見るなり叫んだ。
途端にわっと人がと花束とに群がる。
忙しくて彼氏どころじゃないっつってたのどこの誰よ、とヤジが飛んだ。
「違うって、高校時代のクラスメイトだよ。やりたいことを追っかけていいんだよって最初に教えてくれた人なの」
照れも焦りもしないでさらりとが言ったので、誰もが邪推の隙を見失ってしまった。
「昔っから格好いい人だったけど、バラの花とかくれるあたりキザだなあホント」
の好みじゃん。王子様タイプだ」
「それはなんか違う気がするなあ……」
確かにどこかの王子様といっても通用するのではと思うくらいきれいな人だったが、なにせ彼は人間外だった。
人の姿をしているので、彼だけを見ていても妖怪なのだとはあまりピンとこないが、
あからさまに人間ではない生き物が周りを囲んでいても平然としているどころか、
対等以上に渡り合うことができる。
あの度胸というか、貫禄というか、あれはやはり普通の人間のものではありえない。
強いて言うならモンスタータイプ、そう思うとちょっと可笑しくて、はくすりと笑いを漏らす。
何か微笑ましい出来事を思い出したようなその笑みに、囲む友人達は皆秘密めいたものをかぎ取ったが、
それ以上問いただすことはしなかった。
ただひとり、と同じセクションで作品を製作した学生が、
なくなった小道具代わりにこれ使えるんじゃないの、と呟いた。



back   close   next