プレシャストーン25

■イベントの報告
魔界不死テレビの活躍によりその様子はほぼ魔界全土に報じられた。
特に人間界の食文化に関して強い興味が向けられたと見られ、放映局と魔界政府への反応は相当数にのぼる。
一部の女性の妖怪達からは、人間の衣装係が製作した作品への反応が寄せられ、
同じようなイベントを小規模に行うことができるかどうかというところまで興味が及んでいる。
魔界統一トーナメントにはまだまだ及ばぬものの、魔界住民の目を充分にひいたと言える結果が方々で出ている。
決算の結果、予想数値に対しわずかながら上回った数値を出した。
イベントの成功により、一時的に人間界へ注目が向いた状態であるため、人間界を訪れる妖怪が急に増加している。
今後魔界政府と実行委員会に求められる事後処理は、
一部の妖怪が人間界で思わしくない騒ぎを起こす可能性を充分に考慮し、霊界と連携して対策をとることと考えられる。
イベントの次回開催に関しての問い合わせもちらほらと聞かれるが、未定である。

■後日、私立盟王高等学校
先日生徒に向けて指示のあった進路希望調査の結果が集計され、生徒と担任教師とのあいだでの面談が行われる。
学年トップの成績を誇るある生徒ひとりだけが数度の面談を求められる。
期末考査が行われ、成績の発表が行われると同時にもう一度進路希望調査用紙が配布される。
生徒達はひと月ほどの夏休み期間を経て、休暇中課題と一緒に進路希望調査用紙を提出する。
一学期の調査と同様に結果が集計され、また面談が行われる。
この面談は進路別授業編成のための最終確認であり、生徒はこの時点で自分の進路を明確に学校へ伝える。
ほとんどの生徒の進路は大学進学であり、優秀な学校であるだけに進路希望のレベルも高い。
進路別授業編成のクラスが通知され、以降、生徒達はそれぞれの進路に合わせた授業を受けるため、
教室を移動して受ける授業が多くなる。
就職希望、専門学校進学希望、留学希望とそれぞれ少数ずつのクラスもできるが、
数度の面会を求められた学年トップ成績の男子生徒は就職希望クラスに所属になっており、
生徒達のあいだで物議を醸し、職員会議でも何度か問題にされるほど騒がれたが、
本人の意思がかたく、クラスを動くことは以降もなかった。
専門学校進学希望者の中に、盟王高校からの進学記録のない服飾専門学校への進学希望を示す者がおり、
この女生徒も一度改めて面談を求められたが、やはり意志がかたくそのままの進路を通すことに決まった。
毎日の授業はほぼすべてが進路別のクラスで進められるようになり、
クラスルームは次第にただ休憩時間に戻る教室と同然になり果てていった。
目立たぬ程度ではあるが新たな交友関係が増え、教室の内外の顔ぶれは少々新鮮である。
また逆に仲の良かったもの同士が少し距離を置くことも増えたが、生徒達にはこれといった変化はないように見える。

■後日、南野秀一と
結婚式の終了後、は南野秀一に連れられ慌ただしく魔界をあとにする。
人間界へ戻り、は本調子でない体調を戻すべく、翌日一日学校を休む。
一週間ほど経ったあと、南野秀一はに結婚式の写真と映像ディスクを一枚渡す。
ディスクの中身は魔界不死テレビで放映された番組の映像で、
人間界で普及している一般的なプレイヤーで再生が可能であるという。
は帰宅後にそのディスクを自宅で再生してみるが、自分の姿が登場するやいなや、
見ておられなくなり、再生を停止してしまう。
以後、ディスクの再生はほとんど行われることがなかった。
進路希望調査の結果を反映しての面談が行われ、は担任に自らが抱く夢を語る羽目になる。
とりあえず理解には至らず、大学の家政学科ではどうかとすすめられ、頭にカッと血がのぼる。
まだ本調査までは間があるからという言葉を背に、は面談の場をさっさと辞した。
一方の南野秀一は、学年トップの成績保持者ながら就職という進路希望を出し、担任に泣きつかれる。
面倒くさいなと内心で呟きながら教師をなだめ、言いくるめ、面談を終える。
しかし、その後数度に渡って似たような面談を行う羽目になり、うんざりさせられる。
この間、南野秀一とのあいだにはほとんど接点がない。
親しげにしていた二人が急に離れたことで、クラスの女子生徒が少し噂をしたが、すぐにかき消えた。
期末考査が終了し、二学期以降の進路別クラス編成の参考になるという進路希望本調査の用紙を受け取り、
生徒たちは皆夏期休暇を迎える。
は専門学校への進路を変える気は毛頭なく、学費の助けをつくるために、休暇中のみの契約でアルバイトを始める。
両親と進路についての話し合いを持ち、許しを得る。
借りていたポプリ袋を返す際、母親から告白はどうなったかとからかいを受けたが、なんとなく誤魔化す。
息をつかせぬような忙しさの合間に、はときどき南野秀一を思い出す。
何度か電話をかけてみようかと思ったが、携帯電話を手にしばらく逡巡したあと、やめてしまった。
ウエディング・ドレスの製作期間と結婚式当日の記憶をおぼろげに思い返し、
走馬燈のようなという例えはこれのことじゃないだろうかと、不吉な連想をする。
夏休みが終了したあと、進路別のクラス編成を知り、南野秀一が就職クラスと知って驚く。
その頃の南野秀一は、その話題を振られることに飽きていたのか、誰とも目を合わせようとしなかった。
クラス別に授業を行うようになり、と南野秀一の接点はますますなくなっていく。
ときどき、お互いにもの言いたげな視線がぶつかることがあったが、それだけでそらしてしまった。
デートのできる相手がいればいいなと夢見たクリスマスもいつも通りに過ぎ、
冬期休暇に入り、は郵便局で年賀状を仕分けるアルバイトでまた学費の足しをつくる努力をする。
連絡を取り合うのに年賀状という手もあったと思い当たるが、南野秀一の住所は知らなかった。
専門学校へ入学願書を送り、受験らしいことも何もしないまま、合格通知を受け取る。
クラスメイト達は受験校の合否で浮いたり沈んだりを繰り返している。
自由登校期間中、学校の許可を得て、はまた短期のアルバイトを続ける。
卒業式の練習とやらのためにだけ、一日二日登校する。
南野秀一とは特に会話をしなかったが、やはり何度か視線が絡むことはあった。
卒業式当日の朝、学校の玄関で南野秀一とは鉢合わせる。
久々に挨拶を交わす。
、なんとなく、第二ボタンが狙われているねと笑う。
南野秀一はそれに答えて、今はまだ無事だよと制服の内側をに見せる。
、大胆にも、ちょうだいと言う。
南野秀一は一瞬呆気にとられた様子だったが、いいよと言うとあっさりボタンを引きちぎり、に手渡した。
ボタンを受け取り、はにっこりと笑い、ありがとう、記念にしとく、とだけ言った。
南野秀一はそれにうんと頷いた。
式典はつつがなく終わり、卒業生は散り散りに帰路についた。
以降、南野秀一とは別々に関わりない生活を送ることになる。
南野秀一は義父の経営する会社に入社し、時折霊界から浦飯幽助に舞い込んだ仕事もワトソン役をつとめて解決し、
魔界政府での書類処理係を一手に担い、彼なりには単調ながら、平和な日常を過ごしている。
は専門学校で服飾とデザインのイロハを一から学び、
アルバイトも続けながら夢に向かって勉強の日々を過ごしていた。
アルバイト料はできるだけ学校のことに使うようにしていたが、初めて自分のために携帯電話を新調することに使った。
アドレス帳の整理をしているとき、メモリのゼロ番に南野秀一の名前を見つけた。
好きな人ができたら、その人のデータをゼロ番に入れようと決めていたのを思い出した。
懐かしいジンクスには笑い、少し迷ったが、そのメモリを消去した。



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