プレシャストーン24

ステージ上で泣き崩れたを、当のイベントの主役達は呆気にとられて見ていた。
あとからお祭り騒ぎの中に姿を見せたに駆け寄り、心配の声をかけてもくれた。
間近で自分が手がけたドレスを誰かが着ている様を見て、はまた目に涙を浮かべた。
からかいを受け、泣き虫だと笑われたりしながら、はねぎらいと感謝の言葉を受けた。
人間界風に記念日を祝ってみるのもいいもんだねと、新郎新婦が楽しそうに言っていたのがなによりだと思われた。
厳密には人間界風とはとてもいえない大騒ぎだが、
皆が楽しそうにしているのはにとっても実行委員を務めた面々にとってもいちばんの報酬である。
棗と孤光とがを連れ回したがったので、蔵馬は素直に二人にを与えた。
当人は戸惑っているようだったが、棗と孤光とをそうして遠ざけてみて静寂にひたりたい思いが彼にはあったし、
自分が案内するよりはも元気を取り戻して騒げるだろうと踏んだのである。
女性同士の盛り上がり方には、時折男はついていけない。
イベントの一応の成功を見、そもそもは魔界統一トーナメントの際に使われた会場をぐるりと眺め回す。
特にトラブルも起きなかったし、
もあれだけのメンバーに囲まれていればどこぞのチンピラ妖怪に手を出されることもないだろう。
大統領と政府幹部、おまけに霊界までをすべて敵に回すことになるとなれば、どんな妖怪でも気が萎えるはずだ。
命が惜しいのは生きている以上人もあやかしも同じ。
やっと安堵の息をつき、蔵馬はすぐそばの壁にもたれかかると感慨深く目の前の光景を眺め楽しんだ。
自分には傍観者のポジションがいちばん似合うと思いたいところ、と考える。
面倒ごとは本当は好きじゃない。
誰かがやってくれるなら任せておきたいところだが、任せきりにすると上手く運ばないに決まっている。
どうせやるなら理想型があるし、自分がやらねばそこには近づけないこともわかっているので、
手を出さざるを得ない。
ああ、オレってなんていい人だろうねと、いつも思うがそこで終わりで、何かあるたび同じことが繰り返される。
仕方ない、仕方ないと言いながら自分がやるのがつまり合っているらしいということだ。
「ウッス。お疲れ」
振り返ると、幽助がグラスをふたつ持ってそばへ来ていた。
手渡され、乾杯と一言だけ交わし、のどを潤した。
「大成功だな。魔界の連中が人間界をどれくらいわかったかっつったら微妙だが」
「いいんだよ。対等な興味と親しみを覚えるきっかけができれば」
見た限りでは、特に人間界の味には相当の興味が集まっているようだった。
「両方の世界が関わっていこうとするなら、オレたち妖怪にならともかく……
 人間には気遠くなるような時間がかかる。そこにはかわりはなさそうだけどね」
「仕方ねーよ。お互いそういう性質なんだからよ」
それを踏み越えて、どうしたら繋がっていけるのか、理解が生まれるのか、納得がいくのか、
今後の覇者たちの課題になるはずだ。
魔界を制する者たちが必ず人間界と付き合いを持とうという考えを持つかどうかはわからないが。
結局のところ、システムは変わっていっても魔界では力がすべてだ、という根本は同じだろう。
幽助がたばこに火をつけ、吐き出した煙が上っていくのを蔵馬は横からじっと眺めていた。
視線を感じてかどうか、幽助がぽつりと、問うた。
「なぁ、蔵馬。これからオメーはどうするんだ?」
「どう、とは?」
「……あいつ」
のことだと、名前が出なくても知れた。
「別に、普通……じゃないかな。
 記憶を消すつもりもないし、学校でクラスメイトとしてつかず離れず……そういう」
「ふーん……そんだけか」
「そんだけ、だね」
「机並べてべんきょーして、そのうち卒業して、離れてくだけか」
「そうだね」
「……オメーは何も思ってねーのか?」
「どういう意味?」
に対して、普通とは違う……こう……」
言葉にならず、幽助はもごもごと口ごもってしまう。
上手く言えないから、身体ごとぶつかることを選ぶ人なんだろうかと、蔵馬は幽助にそんな思いを抱いた。
「恋愛感情?」
「まぁ、そういう。ウン」
蔵馬が出した助け船に、幽助は素直に乗った。
彼自身が示した船の行く先が、幽助にとっては望ましい方向だったからかもしれない。
は、それはちょっと変わり者かもしれないが、いい奴だと幽助は思っていた。
「……人間にも、いるんだよね……たまに」
「あ?」
思った途端に矛先がかわり、幽助はちょっと脱力してしまう。
「他人より自分を愛してしまう人。その愛情のために、自分の身体や心が蝕まれていくことを厭わない人。
 ……それ以外の何かに対する恋とか愛とかを、二番目以降に回せてしまう人」
それはそれでいいことでもあるんだけどと、蔵馬は注釈を添えた。
具体例を挙げられずとも、がそれに当てはまるらしいことは幽助にもよくわかった。
女の子が顔に傷をつくるなんて大事件だろうが、は針で頬を突いてもドレスの心配をしていた。
身体に相当の無理をかけていながら、それを楽しいと言っていた。
「……まだ、知らないだけかもしれないけどね。自分以外の何かを好きになるってことを」
「……あいつ、好きな奴くらいならいるぞ」
蔵馬が思いあたりはしないか、自覚しはしないか、そして行動を起こそうとはしないか、
なんとなく期待して幽助は精一杯思わせぶりなことを言ってみた。
が、蔵馬は特に動揺したふうでもなく、知ってるよ、と答える。
「知ってるよ……そんな話もしたし。でも、いざ天秤にかかると、は自分を選ぶよ。
 あの人にはね、そういう才能が……情熱がある。オレがつついて、目覚めさせてしまったらしい」
責任重大だったかもねと蔵馬は笑って見せたが、幽助はつられても笑うことはできなかった。
「どのみち、今の彼女に外側からなにか言っても聞こえはしないよ、見て知っているでしょう。
 ……いつか彼女が気がついて自分から外を覗こうとしたときに、
 オレがまだを見ていて目が合ったとしたら、そのときは……どうなるかな」
意味ありげに含み笑いを残し、蔵馬はじゃあ、と幽助に背を向けた。
なんでこいつはこうも回りくどいんだろう。
好きは好きで、それ以外の回り道など持っていないだろうに。
あいつは頭がいいから、その分考えることが多いんだろうが。
とにかく、蔵馬自身が言ったことだ。
外側からなにか言っても聞こえはしない。
(……似たもの同士ってやつか)
確固たる自分の存在を知っているものは、ときどきそれ以外のものを受け入れることを恐がるような、
そんな頑なさを見せることがある。
どれだけ発破をかけても蔵馬は自分からに何かしようとはしないだろうし、
は自分が突き進むべき道を見つけてしまったらしい。
せっかくこのことがきっかけで生まれそうな仲だというのに、当人同士が距離を縮めようとしない。
でも、蔵馬は蔵馬で、で、それぞれが気がつかなければ、向きあうことはきっとない。
幽助が外から何を言っても無駄だということだ。
ひとにとって、愛することが必ず一番大切ではないかもしれないが……
難しくなってきて、幽助はそこで、考えることをやめた。



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