プレシャストーン23

【シーン23】
喧噪も遠い控え室。
、まだ泣いたままで椅子にぐったりと座り込んでいる。
蔵馬、心配そうにをかえりみ、グラスに飲み物をついでやっている。
他には誰もいない。
「……落ち着いた?」
「……う、ん……」
「悪かったね、病み上がりだったのに急に」
「ううん……違うの」
「うん?」
蔵馬、のそばのテーブルにグラスを置き、自分もの斜め向かいの椅子に座る。
「……嬉しくて」
「はい?」
「自分でつくったドレスを、着てくれて。すごくきれいで。楽しそうにしてて。それだけで……」
「……それだけで、舞台の上で他のものもすっぱり意識の外に飛ばしてしまったということ?」
、頷く。
まだ泣いている。
「嬉しい……どうしよう。こんなに。びっくりした。自分でも」
「まだ混乱してるね……」
蔵馬、ため息をついて姿勢を崩す。
「……きれいだったね。確かにそうだ。オレもそう思ったよ」
「うん」
「思った以上に、素晴らしい仕事をしてくれたよ。このイベントも成功だろうし。みんな感謝してる」
「そんなことない……まだまだぜんぜん」
、謙遜して弱々しく首を横に振る。
蔵馬、苦笑し、やがて少し改まった顔つきになる。
「……ありがとう。君のおかげ」
、目をみはる。
改めて蔵馬の存在に気がついたかのよう。
「自分でもときどき、巻き込んでしまって本当によかったのかって自問して、たまには後悔もしたんだよ。
 ……でもよかった。君に頼んで、本当によかった。他の方法で済ませていたら、きっとこうはいかなかった」
、言葉を継げずに穴のあくほど蔵馬を見つめている。
蔵馬はそのまま、続ける。
「ありがとう。君は立派な、プロの仕事をこなしたよ」
、何か言いかけて言うことができない。
頬がちょっと赤らみ、蔵馬からの讃辞を噛みしめるようにそっと目を伏せる。
そのまま、やっと聞き取れるくらいの声で。
「……私も、ありがと。南野くんがチャンスをくれたから、私、いろいろ……」
、思うところが多くあるようで、そこで言葉を切ってしまう。
蔵馬、の言葉をあえてそのまま待つ。
「いろいろ。ホントに、いろんなこと、考えたし……すごく、自分のためになったと思った」
、言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
蔵馬、見守るように聞いてやっている。
「頑張って良かった! 寝不足だったしテストもきつい感じでやなこともあったけど!
 そんなこと、あれ見たら全部飛んじゃう! やって良かった!」
、やっと顔を上げて笑う。
蔵馬と目が合って、そこでちょっとはっとしたように口を閉じる。
蔵馬、の言葉の余韻を受け継ぐように、静かにゆっくりと言う。
「……良かったよ。オレも」
、蔵馬の言葉の真意が読めず不可解そうに、またなにか無意識に予感を感じ、少し身構える。
蔵馬、の様子をわかった上で、そのまま続ける。
「君と知り合えて。ここまで親しくなれて」
蔵馬、そこで言葉を切ってしまう。
自分の言ったことの効果がにどう出るかを、じっと見つめている。
、蔵馬の言葉を頭の中で反芻し、鼓動が跳ね上がり、少し動揺する。
しばらく、沈黙が続く。
、焦った顔。
なにか言わなくちゃと混乱しながら言葉を探すが、出てこない。
蔵馬、の様子をまだ伺っている。
伺いながら、それを受けて、自分の気持ちがどこにあるのかを探ろうとする。
しかし、まだ上手く読めないようだと悟る。
ひとつ言えることがあるなら、自分がに向かって抱いているのもまた一種の好意ではある、と、認める。
蔵馬、が自分の言葉を告白の空気に近いものと解釈していることに気付く。
自身の興味の対象が恋愛と夢とのあいだで大きく揺れていることを悟り、
ここでなにか言うまで待つのは意地が悪いかもしれない、と思う。
蔵馬、空気を引き取り、先に口を開く。
「……落ち着いたら、会場に出ようか。本当に祭りみたいになっているから」
「あ、そ、そう……?」
「出店とか屋台とか、幽助が張り切って用意してね。楽しいと思うよ。でも、もう少し」
蔵馬、ほんの少しなら意地悪も許されるかもしれないと、思わせぶりに言葉を切ってみる。
「もう少し……?」
、蔵馬の真意には気づけず、なんの裏表もなく、そう問う。
「もう少し、このままで」
、また口をつぐむ。
「もう少し……ここで二人で」
蔵馬、がまた恋するような反応を見せたことを確認する。
それを知りながら、まったく知らないような顔をしてみせることがいちばん意地が悪いと、一応自覚する。
、蔵馬がどうしたいのか、彼の気持ちがどこにあるのか、少し混乱する。
自分から気持ちを告げてしまっていいのか、どうなのか、一瞬迷うが、押し殺す。
また沈黙が横たわる。
しばらくそうしていて、幽助が呼びに来るまで、蔵馬ととの距離はそのまま保たれる。
──暗転。
【シーン23/了】



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