プレシャストーン 8.5

「へー。よくこんなに考えつくモンだよなー」
「本当にね。オレも驚いた」
クラスでも特に目立つ子ではなかったから特にと付け加えられた。
「幽助はどれが好き? どれが記憶に残った?」
「あー……えーと」
クロッキーブックをめくる音。
数枚進み、数枚戻り。
「これ。派手」
「そうだね。面白いよね」
「でざいなぁ って感じだよなー。フツーのドレスの範囲越えてるよな」
「それがいいんじゃない? こういう場合は」
今回はオレたちの目的以外に彼女の夢も絡んでるからと、彼は呟いた。
「でも……似合いそうと言ったら、こっちとか」
「おお」
「それかこっちとか。オレはこのほうが好きなんだけど、彼女自身が手抜きみたいでこれは嫌だって言うんだ」
「ほー。……別に手抜きがあるようには見えねーが」
「あっけなく描けてしまったらしいから。努力が足りないと思ってるみたい」
「なるほどなー。うん、なんつーか……らしいよな。本人に会ってねーのによくこんなの出てきたな」
「彼女は彼女なりに、花嫁さん像を作り上げているらしいよ」
そのセリフを最後に、とりあえずクロッキーブックは閉じられた。
「なんつったっけ。カノジョ」
。クラスメイト」
「ただのクラスメイトか?」
「うん、残念ながら君たちにとって面白い話は何もないよ」
「あの電話のときはてっきり」
「うーん……あのときは否定する間もなかったんだけど……ちゃんと断り入れないとね」
苦笑混じりの笑みを浮かべる。
「誤解させとけ、喜ぶぜ」
に失礼だよ。彼女にはちゃんと好きな人がいるそうだから」
「へー?」
「この間ちょっと失敗して、その話で泣かせてしまって。苦しい恋らしい」
「ほぉぉ」
女を泣かせるとはこの、と小突きが入る。
“クラスメイトのカノジョ”のことを浮ついた事情で泣かせるハメになったわけではなかったが、
彼はそのからかいにも特に反応をチラとも見せずに話を続ける。
「ま、一応、こんな感じでまとまりそうだよという経過報告をと思ってね……首謀者殿?」
「おお。いいんじゃね? 別に」
「……が怒るよ、そういう言い方」
「なんでだよ」
「女性にとってはレース使いの数センチ差が大きな違いなんだってさ。
 どれでも似合うと本気で思ってどれでもいいよなんて言ったら、だから怒られる。
 不用意にどれでも似合うよなんて言うなってこの間オレも怒られた」
「わかんねーな」
「まぁね。ただが毎日描き足して持ってくるデザイン画を見ていると、なんとなく……
 前もどこかで描いてなかったかっていうものも、正直なところないではないんだ。
 でも、本人にとっては違うものだから、そうして別々のアイディアとしてでてくるんじゃないかと」
「ふーん。やっぱこだわりがあるんだろーな。ウエディングドレスかぁ……」
意味ありげな笑みを浮かべ、さっき小突かれた逆襲のチャンスと口を開く。
「だから、幽助も」
「は? なんでオレだよ」
「ちゃんと親身になって選ぶのに付き合ってあげないとだめだよ。
 君なら本当に言いそうだ、『めんどくせー、どれでも同じだろ早くしろよ』とかね」
そうしてお決まりのビンタを食らうところまで目に浮かぶようだとまで言われ、
彼はカチンときたようだった。
「つーかそれ以前になんでオレと螢子だよ!?」
「オレは別に……螢子ちゃんなんてひとっことも言っていないし?」
「……!!」
「やだな幽助、自分から墓穴掘っちゃって」
「てめぇ……」
「でも、身近な人でいつかは結婚するんだろうなと思えるのって、君たちくらいだよ」
費用さえ出せればがやってくれるかもよと、彼は愉快そうに続けた。
「それこそ一生懸命に、寝る間も惜しんでね。
 自分では怠けているなんて言うけど、相当な努力家だよ、あれは。尊敬に値するね、今時」
「……」
何か思うところがあったのか、身を乗り出して相手を攻める情勢が崩れ、
閉じられたクロッキーブックに視線が落とされる。
「……わかんねーよ、先のことなんてよ」
「プロポーズしたんじゃなかったの?」
「……オレ、妖怪だぞ」
ぽつりと、小さく呟かれたその言葉は、いつでもなんでもどうにかなると、なるようになると、
そうして本当に解決してきた彼らしくなかった。
「なんも考えてねーわけじゃねーんだよ。オレだって」
「……わかってるよ」
似たような事情を抱えるふたりは、やはり似たような心配や不安を抱いている。
それをお互いに口に出したり表情に出したりして見せることは普段はほとんどないのだから、
つまり今、彼にはよっぽど思うところがあったのだろう。
「オメーはどうすんだ、蔵馬。考えたことあるか」
「あるよ。いつでも……考えずにいられない。オレは今の自分と環境が好きだから、尚更」
「だよなぁ」
年頃の息子の恋愛話ひとつ聞いたことがないと、母親は気をもんでいるのではないか。
今はまだ高校生という身分だからよいとしても、
この先数十年と続く未来のすべてにおいてまた、今度はそんな心配をかけるのか。
蔵馬の内心も先のことを考えていくと時折不安に陥った。
抱いている事情が事情だからこそ、簡単に人を愛するわけにはいかない。
「……でも、君は、人として……生きるんじゃないの?」
「たぶん、……そうだ、な」
「螢子ちゃんもぜんぶ知っている……君が耐えられるかどうかだ。与えられた時間軸の差に」
「……」
話題が重みを増してしまった。
転換しなければと思うのだが、二人が二人とも、今のこの空気を壊したくないような思いも抱いていた。
お互いが共有する沈黙の時間が、それぞれなりの考えをそのままに肌に直に伝え、
それが思考を進めたり、刺激を与えたりした。
ふたりはしばらくそうして黙っていたが、やがて幽助がぽつりと呟いた。
「……巻き込むんだろ」
「なにが?」
「こいつ」
クロッキーブックが示された。
「人間。ただの。オメーのクラスメイトだ。“ただのクラスメイト”。それを巻き込むんだな?」
「覚悟はさせたよ。命がけということにも、今となっては……ならないでしょう。
 魔界中枢で障気をどうにかするのは無理に等しいけれど、対策は講じてある。
 ま、コエンマに活躍してもらいましょう」
「……オメー隅から隅まで几っ帳面なわけじゃねーんだよな」
「はい? なんて言った、今」
「けっこうあばうとだなぁぁぁ」
「なに? 聞こえないな」
しらを切り通すつもりかと彼は口をつぐんだが、相手が楽しそうにしているのがなんとなく記憶に残った。
どうも、このただの人間のクラスメイトの、女の子を、こいつは気に入っているらしい。
(まったく、こいつある意味人見知りするタイプだと思うんだがなー)
好き嫌いが激しいという意味で。
幽助は楽観的に思考を切り上げ、笑う。
まぁ、楽しみにしとくとするか。
近々魔界へと呼び寄せることになる人物、蔵馬が気に入っているらしい……との対面を。



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