プレシャストーン 03

「……南野くん、あの」
「なに?」
「お仕事引き受けるけど、その前に知っておかなきゃならないことがいっぱいあるんだけど……」
「どんなこと?」
彼くらい頭が良ければ思いついても良さそうなものだが、心当たりがないらしい。
「あの、ドレス着る人のこととか……どういうデザインが好きなのかとか、
 実際作るにしてもサイズを測らなきゃならないし」
「……思ってもみなかったな。デザインはともかくサイズか……サイズ……」
彼は思いきり深刻そうな顔をして黙り込んでしまった。
「あ、あの、誰のためのドレスなの? お友達とか……?」
「友達……とは……難しいんだよね、説明が」
なんとなく、言いたくない……隠しておきたいというような意志が伝わってくる。
けれど最低限知っておかなければならないことというのもあるわけだ。
彼は考え込んだ格好のままで呟いた。
「動きづらい格好は嫌いだと思うんだ。」
ウエディングドレスのような重たい服装が動きやすいわけがない。
これはよほど常識を越えたデザインを必要とするかもしれない、が、
そもそもウエディングドレスを着た状態でどれほど動くというのだろう。
はなんとリアクションを取っていいかもわからずにぽかんと口を開けたままで彼を見つめ返した。
「女性に身体のあちこちのサイズを直接聞くわけにもいかないんだよな……さてどうしたものか」
彼は独り言のように繰り返した。
「……だから、一回会わせてくれたら、私がちゃんと測るから。南野くんに聞いてきてもらう必要は……」
「いや、あるんだ。つまり」
彼はやっと顔を上げるとに真っ正面から向き合い、口を開いた。
「ちょっとした計画なんだ。つまり、新郎新婦は結婚式をするつもりなんて毛頭ないんだ」
「え?」
「結婚式をしていない夫婦がいて、知人のオレたちが用意して贈り物をしてあげようという計画なんだ。
 だから、本人たちに気付かれないように当日まで運ばなきゃならないんだけど」
「……そっか……じゃあ、どうにかして花嫁さんのサイズを知らなくちゃダメだね……」
「旦那にだけ計画をばらして抱き込んだ方がいいかな……いやでも……」
灯りもついていない薄暗い被服室、ふたりでうんうん唸っているのは奇妙な光景だった。
ふいに彼が口を開く。
「こうしてると……オレとが結婚するみたいじゃない?」
「ばっ……ばか! そんなわけないじゃない!!」
「だよね」
あまりにあっさりと切り返されてしまったので、は少なからず後悔してしまった。
もっとましな言い方ができたはずなのに。
気持ちを伝えられるような言い方も、もしかしたら。
過ぎてしまった話題を今ぶり返すのはいかにも不自然だったし、諦める方が良さそうだった。
いつもいつでも、チャンスと思える時間はちょっとしたミスで手からこぼれ落ちてしまう。
はなかば無理矢理意識をドレスのデザインに向け直した。
動きやすそうなデザイン?
そんなコンセプトで作られたウエディングドレスがこれまでにあっただろうか。
トレーンは作らずに、いっそのこと丈の短いスカートというのもありかもしれない。
ヴェールも引きずるほど長くなどはしない方がいいだろうし、ティアラも固定ができて重くないもの。
ドレスのスカート部分は円形に裁断すればドレープができて麗に広がるし、
パニエを入れて思いっきり膨らませてもいいかもしれない、ああ、楽しくなってきた。
そこまで考えてははっとした。
彼がじっとを眺めていたのだった。
「楽しそうだね」
「え、あ……ごめん……」
「いえいえ。好きなんだね、やっぱり」
「……うん」
満足そうに、少し恥ずかしそうに笑うに、彼も眩しそうに目を細めた。
「やりたいことがはっきりわかっているっていうのは、いいことなんだろうね」
「……でも、私……」
「まだ迷ってる? 嘘だね」
「迷ってるよ、だって……」
「結論を出すには早いよ。いちどデザイナーをやってみるといい、最初から最後までね」
彼はそう言うと、テーブルに出されていた本に目をやった。
が昨日突発的に買い求めたものだった。
引き寄せてページを繰る彼に倣い、ももう一方の本を開いた。
「いろいろなデザインがあるんだね……女の人にしてみたら、全部違うんだろうけど」
「そりゃあ、違うよ。一生でいちばん大切なドレスだもん」
「やっぱり彼氏が『どれでも似合うよ』って言うのは鬼門なんだろうね?」
「当たり前でしょ! ふざけてるよ」
「本気でどれ着ても似合うと思ってそう言っても?」
「そうだよ! だってその彼の前でいちばんきれいに見えるドレスを一着だけ選びたいのに!」
「そうか……そういうものなんだね」
はぁ、と彼は感心に少し呆れを含んだ息をつく。
「サイズに関しては、一応花嫁さんに当たってみるよ。さりげなくね」
「うん、お願いね。あと、できれば……どんなデザインがいいかっていうのも、探り入れてくれると助かるなぁ」
「うーん……じゃあ、この本借りてもいいかな? 見せて反応を伺ってみるよ」
昨日買ったばかりの本を彼は二冊ともまとめてとんとんと机の上で揃えた。
そして、その本の向こう側から少し意味ありげな視線を寄越す。
「……が必要だって言うならオレにできる手伝いは惜しまないつもりだけど、
 もそれなりに協力してくれるよね?」
「うん? うん、もちろん。もう私も計画の一部に協力しちゃってるんだから」
「オーケー。その言葉が聞きたかったんだ。」
彼はそう言うとにこっと笑って、本を鞄にしまい込んだ。
「じゃ、なにかあったら遠慮なく携帯に連絡して。オレも随時知らせるから」
「わかった……ありがと」
最後の礼の意味を彼は協力の態度に対してのものと受け取ったのだろう。
けれどは、少しずつ距離が縮まっていくそのことに感謝をしたい気分だった。
それが恋人関係になっていくということではないとしても。
先に被服室をでていった彼に手を振って、は少し重い息をついた。
オレとが結婚するみたいじゃない?
彼はどんな意味でそのセリフを口にしたのか。
深い意味などないだろうことはよくわかっている、彼はそういう人だろうとは思う。
それでもどきどきした、一瞬息ができなくなった。
同じことを考えていたのだから。
本当にそうだったらどんなにいいだろうと、そう思ったのだから。
好きな人の妻になることを誓うドレス。
一生でいちばんきれいでいたい、そのときの自分を飾るけがれのない白。
夫となる好きな人、があなただったらなんて思うのは、
まだ高校生の自分には早すぎる考えなのかしらと、はまたため息をついたのだった。


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