拝啓、六月の花嫁 −中編−


「…どうしたの、そのほっぺ」

「どうって。見ての通り」

可笑しそうにくすくすと笑う彼女は、知り合った頃と変わらずとても綺麗で繊細だ。

まぁ、今綺麗に見えるのは、結婚を控えているそのためなのだろうけど。

「あなたが女の子を怒らせるなんて」

「…ちょっと待って、、オレはいつ女の子に殴られたって言いました?」

「わかるわよ」

「違うかもしれませんよ」

「わかるわよ。知っているでしょ」

含みのありそうなセリフを、この人はなんの裏もないような微笑を浮かべて唇にのせる。

実際はオレと違って裏表のない穏やかな人で、昔から大人だった。

幽助のあとに霊界に協力するようになった彼女は、オレより三つ年上で当時は花の女子大生。

無理矢理妖怪退治をするのではなく浄化して霊界に昇れるよう導くようなやり方が出来る人で、

どうしても戦闘が必要なときは相変わらず霊界は幽助や桑原君、オレを頼ってきた。

どうしてこういう、ともすれば血生臭い展開になるような役目を、

のようなのんびりおっとりとした女性が負うことになったのか、今でも謎だ。

ともかく、初代霊界探偵と同様には結婚を機に霊界探偵の職を退くことになった。

旦那になる男には、今もまだ会っていない。

「妖怪変化の大行列になりそうだけど、結婚式。大丈夫なの?」

「ええ、あなたたちにお披露目するためだけの日だから。正式なお式はまた別にやるのよ」

細い指でティーカップを包んで、は苦笑してみせる。

その左の薬指に、を捕まえたというその印のように、銀のリングがはまっている。

「蔵馬たちになら、普通のお式に来てもらってもよかったんだけど…」

堅苦しい式よりはこっちの方がいいでしょうと、はにっこりしてみせる。

「彼氏は? いいの?」

「あの人はねぇ…事情を知ったうえでプロポーズしてくれた人だから。

 みんなに会ってみたいと言っていたわ」

「…なかなか、肝の据わった人みたいだね」

相槌を打って、冷静にコーヒーを口に運んだつもりだが、

がその彼氏のことをあの人…なんて呼んだ、たったそれだけのことに静かに動揺している自分がいる。

みっともないな、押し殺してしまえ。

は今、新居に一人で越して住んでいる。

荷物だけはもう入っているが、旦那自身が越してくるのが明日。

入籍は明後日。

その翌々日が、魔界の重鎮妖怪大集合の結婚披露宴。

みんなは結婚式当日か前日にやってくるつもりらしいのだが、

オレだけ一足先にこちらに着いて、まだ少し片づかない新居に邪魔していた。

この先、たぶんもう明日から、とオレの見知らぬ男とが、

砂を吐きそうな甘ったるい結婚生活を延々と繰り広げるわけだ。

…勘弁してくれ、胸焼けがしそうだ。

「いいの、旦那がまだ住んでもいない部屋に他の男を招き入れて? ねぇ、花嫁さん」

少し意地の悪い言い方になったのは、たぶん無意識に見せかけたほんの少しの悪意のせいだ。

「あら、私ちゃんとあなたのこと信頼してるのよ」

「……信頼、ねぇ」

「それにね、頭では思っても行動に出さないのがあなたって人よ」

参ったな、あなたにそう言われたら従うしかないじゃない。

苦い笑いが口元に浮かぶ。

「それに、今はよけられる平手打ちをわざわざ受けてあげるような女の子がいるんじゃない」

「…あぁ…あの子はね。恋人なんて枠にははまっていてくれません」

美しくしなやかな野性の獣だ。

幼さは純粋。

「あなたらしくない。女の子の攻略ルートなら知り尽くしていたはずでしょう、

 だから昔っからあんなに淡々として」

「…聞こえないな」

「自分に都合の悪いときは上手に誤魔化して、ね」

「………」

「それが通じない相手なんて、あなたよっぽどその子に惚れ込んでいるのね」

…そのセリフを、そのなんの含みも裏もない綺麗な微笑みで言わないで。

昔、あなたがオレのことを好きでいてくれたことが、

もうとっくに置き去りにされたあとなんだと、気付きたくはなかった。

「蔵馬? あら、からかいすぎた? いつもと逆みたいね」

はそれでも悪びれたふうなど一切なく、きょとんとして首を傾げた。

「…オレは」

「ええ。なぁに?」

「別れたあとも、あなたのことを忘れたことは一度もない」

「…………」

「まだ、あなたを愛してる。…きっと」

こんなことを、魔界においてきた彼女に一度だって言ったことはなかった。

オレの口から誰かに向かって愛していると言う、その相手はいつだってたったひとりに決まっていた。

「…愛してるって言葉は、言い切らなきゃ嘘にしかならないのよ」

「………」

「きっとだなんて。あなたが今愛している相手は、少なくとも私じゃないわ」

「…嘘じゃないよ」

「それも、わかるけれど。でも、愛情じゃないわ、固執なのよ」

「…残酷なセリフだな」

「そうね。そうかもしれないけれど…」

はまた微笑んで、ふっと息をついた。

「私だってそうよ。あの人を好きになっても、プロポーズされてそれを受け入れても、

 あなたのこと、一度も忘れたことはないわ」

「………」

「…初めての人だもの。忘れたら女じゃないわ」

まだ高校生のオレは、中身だけ何千年も詰まっていて色恋沙汰は知り尽くしていた。

三つ年上のはまだ初めての恋を知らなくて、純粋でうぶで、

恋人としてそばにいられるようになってからはまるで年上には見えなかった。

恋愛が火遊びの延長みたいなものと思っていたオレに、が抱かせた思いはひどく透明で。

指一本触れるのに躊躇うなんて、自分が信じられなかった。

それもみんな、何もかもが過ぎ去った過去の話だなんて。

「…今日は何時までいられるの?」

ふいに、が話をそらした。

オレとあなたとの恋愛は、もう終わってしまったものなんだね。

自然に訪れたこの剥落を、静かな崩壊を冷静に受け止められることすら悲しかった。

この冷静さが計算され尽くした演技ではないことが苦しい。

「あなたの都合がよい時間まで」

「じゃあ、買い物に付き合ってくれる? 夕食、食べていって」

何事もなかったように、はにっこりしてそう言った。

断ることもできたはずだけれど、有無を言わせないのがきっと惚れた弱みだ。

きっと、だって。

それもオレの思いこみなのだろうか。

日はかなり長くなった、六月の夕刻。

隣を歩くこの女性はオレの恋人ではなく、家族でもなく、…まぁ、友人という言葉も遠慮したい。

この関係をひとことで言い表すのは難しい…そう思うけれど、

もしかしたらたったひとことで完結してしまう言葉を見つけるのが嫌なのかもしれない。

彼女はもうすぐ、誰かの花嫁になります。

オレではない誰かの妻になります。

愛しあって、時間とか種族とかいう障害もなくて、そのうち子供も生まれるかもしれない。

その時にオレは必ず蚊帳の外の人間で。

そんな権利もないのに、たぶんただの思いこみで本当はその気すらないのに、

あなたを奪う誰かに嫉妬しています。

身勝手だけれど仕方ない。

本心じゃないかもしれないけれど、嘘でもないのだから。

笑顔の裏でそんなことばかり考えながら。

オレは彼女の花嫁姿を見て、おめでとう───そう、心の底から言えるのか。

正直、自信がない。

「夕食、なにかリクエストはある?」

「いや、好き嫌いはないから」

「そう? じゃあ…」

スーパーマーケットで、そんな会話をしながらの目線は一度もオレのほうを向くことがない。

売場に並ぶ野菜やら魚やら肉やら、そういうものにばかり熱心に見入っているけれど、

たぶんどれがよい品でどういう状態が新鮮でとか、そういうことはわかっていないに違いない。

これからは、こういう主婦のスタイルも少しずつ板についてくるのだろう。

は和食にするわと呟いて、カートに乗せたかごの中に思い描く食卓の材料を拾っていく。

和食だって、昔が作ってくれたものといったら、パスタだとかグラタンだとか、

そういうものだった気がするけれど。

会わないうちにあなたに訪れた変化も、彼の影響、彼のため?

自分のために一日中働いて疲れて帰ってくる夫のために、温かな食卓を用意してあなたが待っている。

小綺麗に片づいた部屋に明かりが灯されて、いつだって溢れるくらいの愛情で包まれて。

そんな夢を思い描いたことも昔はあったのに、そこに帰るべきはオレじゃない。

昔、昔、昔、みんな過去の話。

夢は醒めて、お姫様にキスを贈ったのは名前も知らない普通の、一般人の、なんの力もない人間で、

だとしたらオレはなんだ、夢の中でだけしかあなたに愛されることがかなわなかったのか?

なにもかも、置き去りのように。

買い物の荷物を半ば無理矢理全部引き受けて、また並んで帰途につく。

あの部屋に、当の主人はまだ越してきてすらいない。

が彼氏と相談して新居にと決めた部屋は団地の一角で、決して裕福な生活になるとは思えない。

けれど、近所に保育所、少し歩いた先に幼稚園、住宅街の外れに小学校と中学校、

バスで五分の距離と電車ふた駅先それぞれに公立高校。

情熱にまかせた刹那的に燃え上がる恋愛じゃなく、先の先まで考えて、

ずっと一緒にいることを決めた結果だというのはそれだけでもわかる。

団地の中央にはちいさな公園があって、はきっと生まれた子供を連れてここに遊びに来るんだろう。

簡単に想像がついてしまうのが…悔しい。

やっと沈みかけた太陽が公園の遊具を赤く照らしてなんとも切なげに見えるが、

そこで遊んでいる数人を見てついぴたりと足が止まる。

「あら、あれ…幽助君? 桑原君も」

「…幽助も今日戻ってきたんだな…」

「あら、一緒じゃなかったのね」

「ええまぁ、魔界でもいつもつるんでいるわけにはいかないから」

の足取りは軽くなって、ついには小走りで彼らに大きく手を振ったりして。

そのペースについていきたいところだけれど生憎、両手の荷物は結構重いので。

「よー! 蔵馬ももう戻ってたんか」

ひとこと言えよと桑原くんがそれでも嬉しそうに言った。

「ああ、明日連絡しようかと…」

思って、と言おうとした喉元からなにか飛び出るような感覚が走った。

背中からなにかが思いっきりどしんとぶつかってきて、その衝撃がのどに届いたらしい。

「………!」

「くらま!」

聞き覚えのある、子供っぽいしゃべり方のこの声。

「悪ぃ、蔵馬…こっそり出てこようとしたんだけどよ、捕まっちまって…」

肩越しに振り返ると、太陽の色の髪がちらと見えた。

(ややこしくなるから)置いてきたはずなのに!

「あたしもケッコンシキする」

「する、だって?」

なにを言い出すのかとやっと振り返ると、彼女は改めて思い切り抱きついてきた。

この幼さと無邪気さ…ああ、今はとてつもなく痛い。

さっき平手打ちを食らわせてくれたはずの彼女だが、もうにこにこと御機嫌だ。

これは、世話係や幽助がさぞかし苦労しただろうな。

「…その子ね、蔵馬の今の好きな人」

は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

嬉しそうにだって、やめてくれ、

オレが違う誰かのものになってもあなたはもうなんとも思わないってこと?

「初めまして…です。あなたも、結婚式に出てくださるの?」

大人と子供くらいの差が、見た目にもたぶん中身にもあると思うが、

はそんなことまったく気にかけない様子で丁寧に話しかけた。

彼女はじっと大きな目を見開いて、不躾なほどにをまっすぐ見返した。

「…ありがとう。夕食を食べていかない?」

返事を待たずにはそう切り返して、幽助と桑原君にも誘いをかける。

この状態でいちばん居たたまれないのは、

とオレとの過去を知っているこの二人かもしれない、ごめん。

吹っ切れているからと、口先でだけなら言えるんだけど。

これ以上この空気の中にいるのはつらいと思ったのか、彼らはの誘いを丁重に断って帰っていった。

さて、今度はオレが居たたまれない。

が夕食の支度をしてくれているあいだ、オレに一人置いて行かれてどんなに怒ったか、

女の子を置いていく男がどんなにダメな奴なのか、オレはひたすら彼女の熱弁を聞かされ続けた。

彼女は感情にまかせてマシンガンのように言葉を放つだけなので、

話はツギハギだらけで主張は四方八方を向いていて、矛盾もたくさんあるのだが。

反論も出来ずにはいはい、わかった、ごめんなさいを繰り返すオレに、

がキッチンで笑いを漏らしているのが何度か聞こえた。

…決まりが悪いじゃないか。

焼き魚と大根おろしと、味噌汁に米飯、煮物とおひたし、ずいぶん渋いメニューに思えたが、

いつの間にこんなものが作れるようになったのだろう。

ジャガイモを水から茹でることを知らずに、鍋に湯を沸騰させたような人が。

「これなに」

幼い獣はこんがり焼かれた魚を凝視していた。

「人間界の魚。魔界でも魚は食べるでしょ、同じだと思えばいいよ」

キッチンを簡単に片付けてから、がテーブルに着いた、

タイミングを狙ったかのように彼女は言った。

「あたしおサカナきらい」

一瞬心臓が止まるかと思った。

冗談でもやめてくれ、ああでもこの子に人間界でも魔界でも常識なんてものが通じるとは思えない。

「あら、ごめんなさい、好き嫌いも聞かずに夕食になんて誘ってしまって」

しかしあの毒がには効かない様子だ。

鈍いのか、一流の演技力の持ち主なのか、実はオレにもそのあたりははっきりとはわからない。

「いいんだよ、……ほら、わがままを言うんじゃない、人に世話になっておきながら」

無理矢理はしを持たせて、取っ組み合いに近い状態の食事が始まってしまった。

はくすくすと笑いながら、オレと彼女とのやりとりを見ている。

恋人同士になんて見えていないだろう、これならたぶん、そう思っていたのに。

「…やっぱり、よっぽど好きなのね、蔵馬」

「は!?」

「だって、こんなにムキになっているあなたって初めて見るわ」

「…冗談でしょう」

「いいえ、本当に。お似合いだわ」

のセリフにはいつもの通り、含まれた裏の意味などなかった。

心底からそう思っているということだ。

少しだけ、ほんの少しだけ期待していないわけでもなかった…

ちらりと嫉妬の顔を見せてくれるあなたを。

なにもかも裏切られることこそが、あなたが今真実幸せな道を歩いている証になるのがつらい。

嫉妬なんて顔を見せてくれたとしても、あなたはもう引っ込みがつかないんだろうけれど。

望むなら、あなたをさらってどこまでも逃げたって構わない。

本気でそう思ったあとで気付いて虚しくなる。

これじゃ、オレとは刹那的な恋愛にしかならないわけだ。

悪夢のような食事の時間を終えて、さすがにの家に泊まるわけにも行かず。

まだまだ元気にオレをせっついている彼女を連れて、とりあえず幽助の家に行くことにした。

このまま彼女の勢いに振り回されて、団地の一室でどたばたと騒ぐわけにはいかないし。

ただの客であるオレが、結婚前の女性の部屋に夜遅くまでいるわけにもいかない。

「…悪かったね、急に邪魔して」

「いいえ、いいの。楽しかったわ、久しぶりに…会えてよかった」

はいつものように、この上なく綺麗な微笑みを浮かべる。

あなたがこうして微笑んでくれる顔がただ見たくて、それだけで、

オレはかつてどんなに言葉を尽くしてあなたに語りかけただろう。

桜の花でも散っていくように、ちらちらと記憶の欠片が降っては消えて、

その向こうにあなたが立っている。

もう手の届かない距離だ。

手を伸ばす気がオレにあるかどうかすら、もう記憶の欠片に埋もれてしまってわからない。

「…蔵馬、あの…」

躊躇いがちにオレを呼んだ。

今日一度も聞かなかった、憂いを含むような声で。

さっきまで微笑んでいた顔が曇って俯き、目が伏せられる。

「今日のこと…忘れないで…」

「え?」

「…私がただの私のままであなたに会うのは、きっと今日が最後だから…」

「………」

「あなたが覚えていて、私、のこと…」

「…

「お願い。忘れないで。私も、忘れない、」

あなたを好きになったこと、絶対に忘れない。

消え入りそうな声で、けれどははっきりとそう言った。

これから先の自分の人生を誰と一緒にいるか…は自分で選んで、それはオレではなかった。

それでもの内側のどこかには必ずオレがいるんだ、

たとえもう二度と会うことがなくても、の愛情が夫になる男に傾いていったとしても、

愛して愛されながら、そのうちのどこかだけはオレのことを忘れることがないんだ。

初めて好きになった人、初めて手を繋いだ人、初めてキスをした人、

初めて気持ちも身体も自分の内側にまで導くことをゆるした人、

初めての恋人、愛した人。

が握手を求めて手を差し出した、その目が泣きそうに潤んでいるのに、

はそれでも笑おうとする。

繊細で簡単に壊してしまえそうなあなたは、ひどく芯が強いところがあって驚かされる。

そうだ、オレはあなたのそんなところがたまらなく好きだった。

その強さが、オレの目の前でだけただの強がりだってことを告げる。

蔵馬、守って、助けてと言うから、オレはいつだってあなたに手をさしのべた。

今あなたが必要としているオレの手は、助けでも守りでもない。

「…あなたのこと、好きだったよ…忘れない」

笑い返した顔が、つらそうに歪んでいたりはしなかったかな。

あなたの前で泣くのは嫌だ、それは昔からそうだったんだけど。

手を差し出し、握手をして、手を離した。

気持ちが交差して、別れたあともしがみついて離れることをしたがらなかった

オレととの恋が、これでやっと過去になった。

明日からはあなたは、手の届かない遠い人。

閉まる扉がスローモーションのようで、もう閉まる、まだ閉まらない、閉まらないで欲しい、

終わらせたくない、まだ終わりたくない、でもオレはもう手を伸ばすことはしない。

の姿と部屋の灯りを遮断した扉が重い音を立てて閉まって、

伸ばせなかったオレの手を逆のほうに引っ張るのは幼い彼女だ。

いつものように騒ぐわけではなく、黙ってオレの手を引いて外に出る。

夜の闇の中に沈む遊具と、周りの生活の灯り、その中に混じる彼女の部屋の灯り。

明日からその窓にはもう一人立つ影があって、その影は間違いなくを愛して大切にするだろう。

「くらまはあの人が好きなの」

「わからない」

「あたしとどっちが好きなの」

「…ごめん、わからない」

「でもいいよ、あたしがくらまのことが好きだからそれでいい」

はやくゆうすけのところに行こう。

そう言って振り向いた顔はいつも通りにきょとんとしたような、

新しいなにかを見つけたようなそんな目で、

もの悲しいオレの気分はなぜか急に彼女を愛おしく思い始める。

「…一緒に結婚式、出てくれる?」

「うん」

「…ありがとう」

君が隣にいてくれたら、嘘でもにっこり笑っておめでとうが言えると思う。

にその言葉を告げて、やっとオレは君に好きだと言えるのかもしれない。

愛しあう者同士のひとつの通過儀式が結婚式だとして、

数日後のそれはオレにとっては別の意味を持つ儀式になるだろう。

おめでとう、幸せに、六月の花嫁さん。

ついでに彼氏のほう、を大事にしてやって、守ってやって。

大人しそうに見えて結構手強いし、それが強がりってこともある子なんだ、そこをわかってやって。

にとってオレはある意味特別な存在だけど、妬かなくてもいいから。

どう考えてもの夫ってほうが立場が強いに決まってるだろう、

その上でオレに嫉妬なんてしてみろ、そもそもないに等しいオレの立場はますます見えなくなる。

オレの手はもう、他の誰かに繋がれようとしているから。

のことを忘れようとしてがむしゃらに探した相手じゃないんだ、

可愛い子で、どうかするとあちこちフラフラしがちなオレをちゃんと捕まえてくれる。

好きになれそうなんだ、だから大丈夫。

途中で幽助の家に電話を入れると、平気かよと心配されて、

一緒にいるらしい桑原君が横から、来るついでに酒買ってこいと叫ぶのが聞こえた。

コラコラ、君たちはまだぎりぎり未成年。

でも、まぁ、いいか。

オレも幽助も桑原君も、それこそ身体を張って守ってきた女性の結婚式だ。

なんとなく、娘をとられる父親とか、姉を慕う弟とか、妹を溺愛する兄とか(…それはどうかな)、

そういうような気持ちがあるんだろう。

今夜はじゃあ、前祝いってところかな。

六月の花嫁さんの前途に幸多からんことを願って。


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