拝啓、六月の花嫁 −後編−


自分がなにを言ったか、なにをやったかも覚えていないくらい

飲んで酔うのは嫌だと思っていたのに、いつの間にか幽助のベッドで眠っていてぞっとした。

その手に携帯電話を持っていて、恐る恐るリダイアルを確認すると

みんな霊界のコエンマのところに繋がっていて全身に冷や汗をかいた。

…最近携帯で霊界に連絡を取った覚えはないぞ。

今までに酒を飲んだことがないらしい彼女は、ビール一本で簡単にダウンした。

幽助はたぶん、今後彼女を黙らせるときにはアルコールを使おうと肝に銘じたに違いない。

二日酔いはなかったのだが、出ていったリビングに散乱する空いた缶や瓶の数を見ると

昨夜の酒宴がどれだけ派手なものだったかよくわかる。

幽助と桑原君はリビングのソファと床にそれぞれ転がっていて、青い顔をして唸っている。

…法律違反の報いだね。

彼女はというと、リビングの向こうのテラスに出て、もの珍しそうに人間界というものを眺め回している。

そうか、魔界を出たのは初めてか。

「なにか面白いものあった?」

後ろからそっと近寄ってそう聞いてみると、彼女は別段驚きもせずくるりと振り向き。

「あれなに」

指さした。

「ああ…教会だね。あれは十字架っていう、…なんだろう、マーク? 象徴かな…」

「なにそれ」

「人間の心にはね、支えになる信じるものが必要なことがあって、

 そのひとつが神様という名前なんだけど、その神様を信じる人たちが…」

「もういい。くらまの話はむずかしい」

「はいはい、すみませんね」

彼女に聞かれて答える、十回に八回くらいはこうして遮られるのだがもう慣れた。

「人間っているものがいっぱいあるんだね」

「うん?」

「ケッコンシキもそうでしょ、かみさまもそうでしょ」

「…そうだね。結婚式もね、教会でやるんだよ。あの、十字架あるでしょ、あれの前で」

あの教会がたぶん、結婚式の会場だ。

神様のお膝元に有象無象の(といったら本人たちが怒りそうだけれど)妖怪変化が押し寄せる。

の旦那はいいとして、牧師やシスターをどう誤魔化すのかも気になるけれど。

…ああ、もしかしてオレの夢幻花を頼りにしてたりする? 一応用意しておくか…まったく。

数日なんてすぐだ。

昨日あれだけ感情の渦にとらわれていたというのに綺麗さっぱり流れて消えて、

今かなり冷静なのは酔って真っ白になって忘れたせいか?

…あんまり嬉しくないな…

それから結婚式当日までの数日間に、次々と魔界から客が訪れて、

毎夜幽助宅か桑原君宅で酒盛りが行われるとはもちろん想像などつかず。

みんながみんな、オレととの過去を知っているのだが、

妙に気遣っているようで話題に出したりはしてこない。

その空気がオレにはいちばん痛い気もするけれど、

そういうときには決まって彼女がオレの手を取ってくれたり、

騒いでみんなの注目をそらしてくれたりした、それが故意にかどうかは知らないが。

新しい発見をしているのは彼女ではなく、むしろオレのほうだったかもしれない。

子供のように見えて、彼女にも結構大人びた思考があるみたいだ、と言ったら失礼か。

結婚式当日の朝はムカつくぐらい気持ちよく晴れた。

当日の朝になって、彼女がそれらしい服を持っていないことに気がついて、

慌てて螢子ちゃんにヘルプを頼んで服を選んでもらうことにした。

彼女がそうして席を外しているあいだ、たまたま幽助と二人だけになったとき、

彼は少し遠慮がちに聞いてきた──…ヘーキか、蔵馬。

の家からの帰り道、電話をしたときもそう聞いてくれたっけ。

上手く結べていないネクタイが逆に幽助らしく見える。

直してやろうかと思ったけどやめておいた。

そうだな、なんて答えるのが適当かな、確かに未練も残ってる。

「…………複雑怪奇?」

「…なんだそりゃ…」

クスリと笑ってみせると、幽助はそれでもまぁいいか、というように笑った。

結局、当人同士の問題というところに、彼は深く首を突っ込んではこない。

さわやかな気遣いだなと思った。

教会に集まる面々は、魔界の下っ端妖怪(失礼、)が見たら卒倒するような顔ぶれじゃないだろうか。

霊界の定めたランクに従えば、いちばん低い位置にいるのはオレの右手を離さない彼女だ。

それでもオレにまとわりついてこのメンバーに混じるうちに、

元からあまり抱いていなかった恐怖やらなにやらという感情は綺麗さっぱり消え失せたらしい。

うーん、我が恋人(未満だけど)ながら、いい度胸だ。

こういうところも好きかな、うん、そうかもしれないな。

広めの庭にガーデン・パーティの会場のようなセッティングがされている。

ガーデン・ブライダルというやつだ、

確かにこのメンバーに建物に詰まって様子を眺めるだけというのは酷だろうし。

飛影は躯に引きずられて、晴れの日に黒ずくめのままでやってきた。

黄泉と修羅はなんと角も耳も隠さずにやってきた、まったくこの親子は…

まだ宴は始まってすらいないのに、酎はすでに魔界の上質の酒でいい気分になっていて、

それを咎める者が誰もいなくて、なんてめちゃくちゃだろうとため息をつく。

まともなのはオレとそばで大人しくしている彼女、

螢子ちゃんに雪菜ちゃん、静流さん、温子さん、幻海師範といった女性陣。

幽助と桑原君は騒ぎに紛れているので、

礼儀作法は知識として知っているだけで身に付いているわけではないらしい。

いいのかな、は、こんな結婚式で。

正式な結婚式はまた別にとは言っていたが、それにしても。

オレが気を揉むところじゃないんだろうけど、ああ、でも、それにしても。

逡巡しているところへ、新たな客が訪れて一同がまたわいた。

霊界の面々、コエンマにぼたん、他にも数名。

コエンマはオレと目があうなりふいと視線を逸らしてしまった。

…この間のオレは相当やばかったんだな。

謝っておきたい気もするが、話を蒸し返されるのも恐い気がする。

異様な空気がオレとコエンマのあいだにだけ流れていたその時、

教会の正面ドアが開く音がした。

牧師が聖書を抱いて現れ、続いて年老いたシスターがひとり。

明らかに人間ではない客たち…妖怪たちを見ても眉ひとつ動かさない二人、お見事。

夢幻花の出番はなさそうだ。

続いて、なんだかずいぶん小柄な男性がひとり。

これが花婿だ、ここにいる全員が初対面の、正真正銘赤の他人。

丸い眼鏡をかけていて、

なんだか母さんに初めて義父さんを紹介されたときのような気分だ…やっぱり、複雑怪奇だな。

彼はドアの向こうを振り向いて、手をさしのべる。

その手に、白い手袋をはめた細い手がそっとのせられた。

ドアの向こうの暗がりから、花嫁が姿を現した。

みんなが一瞬息をのみ、次の瞬間わっと歓声を上げる、なんて、なんて美しいんだろう。

新郎新婦にみんなが歩み寄っていく中で、オレと彼女だけ取り残されたようにしばらくは動くことが出来なくて。

堅苦しい挨拶も、誓いの言葉すら省略して、

牧師とシスター立ち合いのもとでのガーデン・パーティが始まった。

みんなが嬉しそうに二人を取り囲む、それがなにより夫婦として認められた証とも言えるだろう。

めいめい適当なテーブルを囲んでの和やかな結婚式。

参加者だけ見れば仮装大会と言っても通じそうではあるが。

の旦那とはテーブルのあいだをまわって、ひとりひとりと挨拶を交わし、話をしている。

はずっと笑顔で、

自分より少し背の低い旦那…ハイヒールだけのせいではないと思う…をいちいち紹介している。

誰が見ても、幸せそうな二人。

シンプルで装飾の少ないドレスはにとても似合っている。

小さめのブーケを持って、たぶんそれはあとでブーケ・トスに使うんだろうな。

誰がそれを手にするかはわからないけれど、人間界の結婚式など知らない妖怪たちは

我こそはとブーケに飛びつくんじゃないだろうか。

猫に猫じゃらしをぽいと投げたように、花束に群がる一同が容易に想像できて可笑しかった。

「…くらま」

傍らの彼女がそでを引っ張った。

螢子ちゃんは頑張ってくれたのだけれど、彼女の姿はどうも小学生の発表会といったふうにしか見えない。

「なに?」

「たいくつ」

「…そう?」

眠そうな目をしている彼女は、オレの腕にごんごんと頭突きをかましてくる。

「こら、やめなさいって、行儀の悪い…」

注意をしながらふと目線をみんなのほうへ戻すと、が旦那のほうを見ながらオレを示したのが見えた。

ここに来るつもりだ。

急に緊張してしまったのは不覚だ、妖気まで動揺してるのがみんなに伝わっているに違いない。

それでも和やかそうな雰囲気を彼らは崩すことなく、知らない振りでいてくれている。

頼むから、最初から最後まで知らないふりでいて。

あとから突っ込み入れるのもなし。

「…来てくれてありがとう」

はそばまでやってきて、オレと彼女とに向けて微笑んでそう言った。

「あの、彼が、蔵馬よ。話したでしょう」

は旦那のほうを向いて言った…少しぎこちないセリフだが、合格点だと思う。

は、オレのことを旦那に話したのだろうか。

なんて?

元カレです、って?

旦那は紹介されて、かなりかしこまった様子で姿勢を正すとオレにぺこりと頭を下げた。

と同じ年くらい? 少し上か…

彼はなんだかかなり緊張した顔で喋っているのだが、よく聞こえない気がする。

…聞くのを耳が拒否しているとか?

はは、相当重傷だな。

動揺が行き過ぎたのか、今のオレはこの上なく冷静だ。

オレが彼の言葉にまったく反応をしないので、彼自身はものすごく焦りが募ってきているらしい。

周りで様子を伺っているみんなも、やばいやばいと思っているのがよくわかる。

元彼氏だぞ、どう考えたってオレに太刀打ちできるはずがないのに、

なんでこの人はこんなに必死になっているんだ。

これは「お嬢さんを僕にください!」というような顔だと思うが。

は別になんでもないように元彼氏と旦那とを見比べていたのだが、やがて苦笑すると旦那の言葉を遮った。

「…綺麗だよ」

にそう言うと、は少し困ったように微笑んだ。

照れている顔だということくらいオレにはわかるよ、知っているでしょう…って、

そうか、この間あなたが言った言葉の意味、やっと自分で理解した。

幽助がいちばん離れたテーブルのところで

うわ、旦那シカトしたぜ、と小声で言った、ちゃんと聞こえてますけど。

あとで覚悟しておいてねと、内心で釘を刺して。

ふいに、ずっと黙ってそばに立っていた彼女が、オレの手につかまった。

そっと、身体ごと寄り添うように。

いっぱいいっぱいだったのは、もちろんオレのほうなのだ。

彼女の手が、いつもオレをいるべき場所に引き戻す。

わかってるよ、ありがとう、大丈夫、ちゃんと言うよ。

彼女を見下ろして笑ってみせると、彼女も珍しく大人しく、唇の端に笑みを浮かべた。

のほうに向き直る。

大丈夫、笑えそうだ。

「…結婚、おめでとう。………幸せに」

みんなの前に姿を現したときから、幸せ以外のなにものでもない微笑みを絶やさなかったが、

オレのその一言で、気が抜けたように口をつぐんだ。

震える唇が、ちいさくオレの名を呼ぶ。

耐えきれなくなったように、の目から次々と涙がこぼれた。

急に泣き出した花嫁に旦那は横でオロオロとするばかりで(頼りないな、もう)、

を慰めようとその背に手を伸ばすが、すんでのところでが逃げた。

なにを考えたのか、なにも考えていないのか、は泣きながら、オレに抱きついてきたのだ。

会場中がめちゃくちゃに面食らった空気に様変わりした。

「…?」

は答えない、ただずっとオレの肩に額を押しつけるようにして泣き続けている。

旦那はというと、やっぱり予想外の花嫁の行動に青ざめてオロオロオタオタとしている。

「はいはい、泣かないの。せっかくのおめでたい日に」

あなたを抱きしめるのも、これが最後だな。

それがまさか、あなたが選んだ旦那の前でとは思わなかったけれどね。

髪と背をぽんぽんと撫でてやる。

はまだ泣きやまない。

たぶんなにかオレに言いたいのだろうけど、なにも言わなくても充分だった。

誰になにを言われても泣かなかったあなたが、オレの目の前に来ると感極まったのかな。

充分だよ。

それで充分。

はまだ震える泣き声で、途切れ途切れにありがとうと言った。

そしてまた、噛み殺せない嗚咽を漏らして泣き始める。

を抱きしめたまま、まったくこの人はとオレは苦笑するばかり。

旦那の前で昔の男に抱きつくなんて、あなたの場合それもまったく悪意なんてない、

純粋にそうしたかったからそうしただけで、裏切りでも浮気でもありはしないのだ。

旦那さん、たぶん君も苦労するね、わかったでしょ、こういう人なんだ。

を軽く抱きしめたままで、その頬に最後のキスを贈る。

はそれでやっと少しオレから離れて、涙目でそれでも微笑んだ。

ああ、幸せなんだね、今のあなたは。

に笑い返すと、その身体を抱きしめたままで旦那のほうに視線を戻す。

可哀想に、燃え尽きたような顔をして。

そりゃそうか、そういえば君ととの結婚式だったね、今日は。

を、よろしく。あなたにおまかせします」

たぶんさっきのオレと同様、彼の耳にオレの言葉は届いていないだろうな、反応がない。

「泣かせたりしたら、ひとまず命はないと思ってください」

にっこりしてみせる。

彼は青い顔で、こくこくと頷いた。

周りの空気が、オレが本気でそう言っているんだろうとヒヤヒヤしている様子だが、

今の言葉は社交辞令みたいなものだよ。

一度もぶつかり合いのない人と人はいない、そんなものうまくいかないんだよ。

を大事にして欲しい、真実の愛情で結びあった夫婦であってほしい。

やがてできる家庭があたたかなものであってほしい。

オレの願いはそれだけ。

泣いても怒っても元に戻れる、家族になってください。

愛情と一緒に信頼を育てて。

オレはおまかせしますと言ったんだよ。

はもう、オレの腕の中にいる人じゃないから。

抱きしめていた腕をゆるめて、の背を彼のほうに押した。

「ほら、旦那さんを大事にしてあげなさい、

は彼のそばに立って、顔だけこちらを振り向くと、にっこり微笑んで頷いた。

嘘のない表情。

安心したよ。

まだ少し泣いている花嫁を、今度こそ慰めるべき人が慰めた。

よしよしと抱きしめてやって。

オレも今は、気持ちのすべてで祝福を贈ることができるよ。

そばで大人しくしている彼女をちらと振り返る。

彼女は相変わらず淡々とした様子で、違うテーブルに向かう新郎新婦を眺めている。

「…ありがとう」

「うん」

言葉も少ないし単純だし、その逆を行くオレの話が分からない程度には幼い君は、

実は余計なものを持たずに大事なものだけ持っている、そういうことなのかもしれないな。

ぎくしゃくせずにオレととが向かい合えたのを見て、みんなもほっとしたらしい。

幽助がにやにやしながら、片手に二本ずつビール瓶を持ってやってきた。

あとから桑原君と飛影がくっついてくる。

「飲むぞ! オメーもつきあえ、蔵馬!!」

「幽助、君ね、この間あれだけ飲んでヒドイ目にあったのに懲りない人だな…」

「いーってことよ! めでてぇ日じゃねーか…!」

桑原くんがあとをついで、ビール瓶のふたを勢いよくあける。

オメーも飲めと飛影にも瓶が渡されるが、…飛影はどれくらい飲めるんだろう。

躯は酒豪だと聞いているから、付き合わされることもあるかもしれないが…

騒ぎにしてしまうことで、みんながオレを気遣っているのだと本当はわかっていた。

ありがたかったから、気付かない振りをした。

「ひえい。ちょーだい」

飲まずに瓶を持って直立したままの飛影に、彼女が声をかけた。

両手で空のグラスを差し出して。

「…飲めるのか、貴様」

「うん」

「…オレに酌をしろというのか」

「しゃくってなに」

「……………」

埒があかないと飛影は早々に諦めると、彼女のグラスに溢れるほどビールを注いでやった。

なんとまぁ珍しい光景だろう。

「飛影、ちょっと、飲ませ過ぎないでくださいよ、弱いんだから」

「…先に言え」

もう手遅れだと言う飛影のそばで、彼女はごくごくとビールを一気飲みした、あああ。

介抱するのは誰だと思っているんだ。

「人のことよりオメーも飲め、蔵馬〜〜〜!!」

幽助と桑原君はもうすでにかなり飲んだあとのようで、

あけたビールをそこいら中に撒き始めた。

「こら、ちょっと、…………!!」

もうわけもわからないくらいのしっちゃかめっちゃかの騒ぎ。

酔ってはあちこちで乱闘が起き、止めるどころか皆が勇んで参加していき、

今日の主役だったはずのと旦那とは楽しそうに大笑いしながらそれを見ている。

がなにか楽しそうに、目に涙さえ浮かべながら彼に話しかけ、

彼も楽しそうにそれに答えを返す、そのまなざしは確かに間違いなく愛情に満ちている。

良かった、

いい人を見つけたね。

ビール一杯でふらふらになった彼女は赤い顔で、とろんとした目線を寄越す。

そして、あちこちの騒ぎの後始末をしてまわるオレを探しては突進してきて頭突きをかます。

がオレの恋人だったときとは全然違う、彼女とオレとの関係。

遠慮がなくて、いろいろな障害や壁がなくて(種族の違いとかナントカは、が相手でも障害とは思わなかったけど)、

とても対等だ。

そう、こういうのも、嫌いじゃない。

好きかもしれない。

割と近いうちに、彼女に口に出してそれを言えるかもしれない。

自分でも思ってみないほどすぐに。

彼女とのあいだに、オレの得意な計算だとかなにかを仕組むとか、そういうものは通じない、

まったく予想もつかない…恋愛?

まだそう言えるかどうかすらわからない。

でも。

大事にしてみよう、いい加減なところを正して接してみよう。

ムカつくぐらい晴れた空は、今はちょっと小気味いいくらいかもしれなかった。

その青に弧を描いて、が抱いていたブーケが投げられた。

やっぱりというか、…みんなが飛びついた。

それを見て、みんなが笑う。

結局運命のブーケを手にしたのは、全然結婚の気配なんてない修羅だったりして。

女性陣が少し残念そうに、でも楽しそうに顔を見合わせている。

がちらりと、オレに目配せをした。

距離がかなりあるけれど、が言いたいことはわかってしまう。

そう、オレとあなたとの今の距離。

オレは良い理解者になれると思うよ。

頷き返してみせると、は嬉しそうににっこりと笑った。

「陣、合図をしたら、少し強めの風を起こしてくれないか。

 ちょうど、この庭に吹き着くように」

陣は意味が飲み込めずにきょとんとしているが、了解した様子だ。

教会を囲むように、今はもう緑ばかりの桜が並んで立っている。

そのうち一本に触れた。

時間が舞い戻るように、オレの妖気に反応して桜が芽吹き、つぼみが膨らんで花がほころんだ。

陣に合図を送ると、強い風がたちまちに巻き起こり、咲いた桜の花を一斉に散らす。

わっと歓声が上がった。

目も眩むばかりの桜吹雪のブーケ。

からみんなへの幸せのお裾分けといったところか。

降る雪を受け止めるように、皆がその手を差し出した。

人々の髪に、肩に、差し出された手のひらに、桜が舞い降りる。

「きれー」

まだ少し酔った様子の彼女が、素直な感想を漏らした。

目をぱちぱちとさせて、桜を掴もうと手を伸ばしている。

「ねぇ、」

彼女は振り向いた。

「惚れ直したかも」

彼女はしばらくそのままでオレを凝視していたが、うん、と一度頷いてまた桜を追いかけ始める。

直球で行っても変化球を試しても大抵上手く見切られる。

不思議な子だ、でも、好きだな。

ふと視線を泳がすと、舞い続ける桜の雨の向こうに幽助と螢子ちゃんがいて、

幽助は螢子ちゃんの髪や肩についた桜をそっと払ってやったりしている。

雪菜ちゃんが桑原君に、綺麗ですね…と言ったのが聞こえる。

花婿は花嫁にキスを贈る。

誰かが誰かを思いやっている、熱に浮かされたように誰もが。

桜に酔ったのだろうか?

スカートを広げた上に桜を集めて、彼女がそばに寄ってきた。

器用に、両の手に桜の花びらを握りしめると、オレの頭上にぱぁっと散らしてみせる。

「蔵馬にもあげるよ」

珍しい、満面の笑みで、そう、君も酔っているの?

オレにもくれるって、幸せのお裾分けというやつを。

気持ちがすぅっと軽くなった気がすると、まだ降り続ける桜が少しにじんだように見えた。

にじむだけで泣くってほどじゃないけれど。

心から良かったと言える、、あなたとは死ぬほど幸せでいい恋ができた。

オレはまた魔界に戻るから、あなたとは会う機会がまた減ってしまうね。

ときどきはオレに知らせて、元気です、頑張ってます、幸せです、って。

オレもあなたに同じ言葉を返せるように、そばにある大事なものを見失わないようにするから。

拝啓、六月の花嫁さん、

オレは世界のどこにいても、あなたの幸せを願っています。


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