W −ダブル−

『ああ、? ごめん、ミスったみたいだ』
すまなさそうな声がの携帯電話の向こうから聞こえてきた。
が最近できたという彼氏を家に連れてきた次の週。
家族に彼氏を紹介できたことで、大人しいもちょっと枷が緩んだらしい、
ここ数日は隙さえあれば惚気話が始まった。
来週の日曜日はデートなのとウキウキと何度も言っていただが、
一階にかばんを置いたままで二階の自室に忘れ物を取りに行っていてこの場にはいなかった。
「ミスったって、なに…?」
『プラネタリウム、今日休館らしいんだ。予定が狂っちゃうな…』
やっぱり映画にする?
そう聞かれて、うん、いいよと答えた。
『じゃあ、待ち合わせ場所…駅よりも噴水の広場のほうが近いかな? そこで』
「うん、わかった…」
電話を切ってかばんにしまった直後で、が二階から走って降りてきた。
「あーん、遅刻しちゃう!」
「急ぎなさいって。10時に駅、でしょ。走らないと間に合わないよ」
私みたいに運動神経よくないじゃん、は。
双子なのにね。
同じ顔をした姉の憎まれ口にしかめっ面を返しながら、は走って家を出た。
「…噴水広場、10時…」
のろのろよたよたと走って遠ざかる双子の妹を見送ると、はくるりと家の中に踵を返した。

「あ、。急に悪かったね」
噴水広場に少し遅れて着くと、蔵馬が申し訳なさそうにそう言って近寄ってきた。
「ううん、大丈夫…」
大丈夫。
99%以上同一人物だって遺伝子も証明してる。
騙し仰せてみせる──のようにおとなしやかな笑みを浮かべた。
「せっかく行きたがっていたのに。今度埋め合わせするよ」
「いいの。蔵馬と一緒だったら、どこに行っても楽しいもの」
性格が正反対のだけれど、にとってを真似るのは面白いくらい簡単だ。
イイコぶりっこの引っ込み思案。
蔵馬はなんの疑いも持たずにににっこり微笑みかけた。
噴水広場は映画館から徒歩数分ほどの場所にある。
10時半には、二人は並んで映画館の座席に座っていた。
飲み物を買ってくると席を立った蔵馬を見送って、蔵馬の荷物の中から彼の携帯電話を取り出した。
から連絡が来る前に、電源は切っておかなくちゃね。
ぷつりと途切れたディスプレイを見つめながら、は薄く笑みを浮かべた。
のふりをして蔵馬をからかった先週の日曜日からは思っていた。
恋人の見分けもつかずににキスをしようとした。
を好きだと言いながらのどこを見ているんだ、こいつは。
ずっと自分が守ってきた双子の妹を、こんな軽薄な男に汚されてたまるか。
どうやって仲を引き裂いてやろうか?
一週間のあいだ、の惚気話を聞く裏では考え続けて…チャンスは今朝、巡ってきた。
になりすまして、徹底的に蔵馬を嫌うふりをすればいい。
そうすればは蔵馬に振られるなんて傷つき方はしなくて済むはずだし。
今日中にこいつに引導を渡してやればいいんだ。
数分経って、蔵馬はドリンクのカップをふたつ手にして戻ってきた。
彼が席につくのと同時くらいに、館内の照明が落ちていく。
座席はかなりすいていて、蔵馬とが座る近くの椅子には誰もいなかった。
映画が始まっても内容は右から左へ、
どうやって気まずい空気を作り出すかとばかりは考えを巡らせる。
暗いのをいいことに手でも握ってこようものなら、悲鳴のひとつも上げた上で即座に席を立ってやる。
あらゆるパターンを思い浮かべ、蔵馬を撃退する自分を想像する。
絶対上手くいく、とはちらりと横目で蔵馬の様子を伺った。
スクリーンの照り返しを受けて、男にしては整いすぎたその表情に深い陰影が落ちている。
は面食いだったかなと思い出すだ。
昔から王子様系の顔のアイドル歌手なんかがタイプと言っていた。
我が妹ながらわかりやすいとはいつも思っていたものだ。
恋に恋するような夢見がちな少女だったというのに、いつの間に男に色目を使うようになったのか。
許せない。
ふと、の目線に気がついた蔵馬がちらとを振り向いた。
「どうかした?」
小声で聞いてくる。
「…なんでもない」
微笑んだ顔は意味深に見えただろう。
蔵馬はちょっと困ったように笑うと、またスクリーンに目線を戻した。
最近流行の純愛と幽霊世界とが入り交じったようなストーリィの映画。
引き裂かれた恋人同士は今やっと再会を果たし、甘い言葉を吐きキスを繰り返している。
正直、はこの手の映画は不得手な方だ。
ドラマでもなんでも、が見て目を潤ませるのを見ては馬鹿馬鹿しいと部屋にこもる。
憮然とした表情では身体を座席に沈めた。
と、突然耳元に吐息を感じる。
「…つまらない?」
蔵馬がまだなにかすまなさそうに耳打ちをしたのだった。
「なんで?」
「そういうカオ、してる」
「そんなことない、…」
実は、ものすごく、つまらない。
早く映画館を出たいと本心では思うが、だったら涙しながらスクリーンから目を離せないだろう。
渋々、泣きそうな顔を作りながらスクリーンに目線を戻した。
しばらくそうしてイライラしながら映画を見続けて、ふと…気付いた。
きっと蔵馬のシナリオをひとつ崩したのだ。
映画に感動して泣いているに、キスのひとつくらいかます男だろうとは踏んでいる。
こいつはきっと、のそういう女の子らしいところが可愛くてたまらないのだ。
(…………)
(…映画に泣けない女の子は女の子らしくないって?)
自分はとは正反対だ、双子なのに。
女の子らしさをみんな集めて砂糖漬けにでもしたようなものがなのだから、
自分にそんな要素は欠片もないのは言われなくてもわかっている。
映画が終わる頃にはは吐き気すら覚えていた。
化粧室に逃げ込んでやっとの仮面を外すことができる。
このあと何時間、に許された時間があるだろう。
確実に破局させなければ。
映画の次は、昼食?
どこに行くんだろう。
チャンスを逃しちゃいけない。
気を引き締め直して化粧室から出ると、蔵馬は携帯電話で誰かと会話をしている。
ぞっとの背筋を薄ら寒いなにかが舐めていった。
あれが、あの相手がだったら?


※ここまで


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双子の姉妹のうち片方が恋人、という設定のおはなしでした。
覚えている限りの続きの展開は、
  ・↑このラストの電話の相手はやっぱりヒロインで
  ・ヒロイン姉はヒロインをとられたくなくて嫉妬しているかげでツンデレ気味に蔵馬を好いているのですが無自覚で
  ・ヒロインは姉が蔵馬に対して複雑な気持ちを持っていることに気づいていて
  ・↑ラストの電話で蔵馬に入れ替わりに気づいていない振りをして欲しいと頼み込み
  ・蔵馬もどうしたもんだかと思いながらそれを承知してデートを続けるが
  ・最後に全部ばれてしまってヒロイン姉がヒロインを責めたりなんだりして
  ・ヒロイン姉がヒロインと蔵馬を認めるかたちでおわり
だったような気がします。
甘えっ子のようなヒロインは実は割と自立していて、しっかり者のような姉のほうが妹離れできていない、という関係性のようです。
夢小説として見るとさんがヒロインのポジションに違いないのですが、お話そのものの主人公はさんというほうが正確です。
蔵馬にいたってはだしにしかなってないというか……
ちょっとご都合主義的なところが思い出されたり、オリジナリティが皆無だったりと、当時の自分の拙さが今になってよく見えるお話でした。
でもあえて御都合主義と定番の展開をやりのけると夢小説として受け入れられやすいな、と思って意図的にそうしている部分もありました。