今カノのキモチ。
私の彼氏は、これでもかってくらい、理想の恋人像をそのまま立体化したような人。
優しくて、かっこよくて、大事にしてくれて、ステイタスばっちりで、、、
ほかにも何でも当てはまると思う、パーフェクトな人。
他の人とのあいだにはない秘密を共有してることと、
その秘密の彼の顔はちょっと危険だってこと、そこがまたいいなんて思う。
不誠実なことなんてないし、絶対浮気されないって自信持てる。
付き合ってからは結構経つんだけど、まだキスをしてくれただけ。
大事にしてくれすぎて慎重になっちゃうところがちょっともどかしいけど、
それって愛されてるってことでしょう?
そう思えばそれも嬉しいから、私はそれで満足しちゃうの。
言葉を惜しまずに賛美されて、耳元で何度も好きだよって言われたら、
蔵馬になら誰でもノック・アウトさせられちゃうと思う。
そんなパーフェクトな人であるがゆえに、蔵馬を好きになる女の子は多くて、
私にはライバルがいっぱいいる。
それでも、蔵馬が私のことを選んでくれるって自信は揺るぎないの。
目に見える保証はないけど、何の心配もしていない、それは本心。
今日も、この間できた可愛いカフェに行きたいってわがままを言ったら、
放課後に駅で待ち合わせようかって言ってくれた。
今日は蔵馬は居残って勉強する曜日だってわかってたんだけど、わざとわがまま言ってみたの。
ほら、やっぱり、ちゃんと聞いてくれる。
駅に向かう足取りがいつもより軽いのが自分でおかしいくらい、私、はしゃいでる。
好きな人に逢えるんだよ、逢いたいときはいつでも逢いに来てくれる。
こんなに幸せなことってある?
なんの心配も問題もない恋愛。
恋は障害が多いほど燃えるなんて言葉も聞くけど、私はそうとは思わないな。
ハラハラしたり泣いたりはしたくないもの。
障害がないって、恋愛の美味しいとこ取りしてるようなものでしょう?
夕暮れに染まる街は、普段の喧噪から少しはずれて異世界のよう。
ちょっとロマンチックにも見えてくるから不思議。
蔵馬、早く来ないかな。
良くも悪くも、あの人はすごく目立つから…すぐわかると思う。
まぁ、妖気が近づいてきたらわかるっていうのも、もちろんあるんだけど。
腕時計で時間を確かめたら、待ち合わせ時間よりもちょっと早く着いちゃってたことに気付いた。
でも、蔵馬はいつも私のこと待たせないようにって、十分は早く待ち合わせ場所に着いている。
てことは、いつもより十分は早く逢えるよね。
早く早く、話したいこといっぱいあるんだから。
そわそわしているのを通りがかりの人たちに見られて笑われないように、
つい緩む頬を誤魔化して咳をしてみたりして、今の私絶対に変。
ううん、恋する女の子はみんなこうだよ、きっと。
思わずウフフ、なんて笑いが漏れて。
ふと目を上げると、駅前通りの向こう側の角から蔵馬が曲がってこっちに来たのが見えた。
走って迎えに行こうかなんて思ったとき、その隣に知らない女の子が並んで歩いているのが見えた。
………誰?
盟王高校の制服を着てる。
今まで一度だって考えたことのない嫌な予感が、いくつもいくつも浮かんで離れない。
思わずふたりから目をそらして、まだ気付いていない振りをしていた。
そばまでやってきて、信じられないくらいいつも通りの声で、蔵馬は私を呼んだ。
「ごめん、待たせたね」
「蔵馬…あ?」
どうしてなのか、私も今蔵馬の隣にいる女の子に気付いたような演技をした。
蔵馬にこういうかたちで嘘をついたのなんて、初めて…
裏の事情を知らないその子の前で蔵馬、と呼んだことに、
蔵馬は焦った顔をしたけど何も言われなかった。
本当は私も気付いているの、蔵馬が妙に優しいときは、私に後ろめたいことがあるときだってこと。
その子のことを、蔵馬はクラスメイトだといって紹介してくれたようだけど、
その言葉は殆ど耳に残らなかった。
彼女は何も言わないで、じっと私の顔を見ている。
まるで蔵馬の彼女として不適切なところがないかなんて、審査するような目で。
ただのクラスメイト程度の子に、そんなこと見定められる筋合いなんかないもの。
焦る必要なんかない、蔵馬の彼女は私で、
蔵馬は私のことをいつも大好きだって言ってくれるもの、そこに嘘なんてない。
自信に満ちた顔をして、あなたの負けよって示してやればいいの。
それが、どうしてかできなくて、笑みを浮かべる口元がちょっと引きつったのがわかる。
気付いたら、蔵馬に頼るように一歩寄り添っていた。
ただのクラスメイト、そう、ただのクラスメイトでしょ、「ただの」、
どうして、
私はその子の舐めるような目線の意味を直感した…
彼女は、蔵馬のことが好きなんだ。
私と張り合えるだけの自信を、どうしてかはわからないけど、持っているんだ。
怯えた顔をしちゃダメ、私は唇を噛みしめて、精一杯その子に立ち向かおうとした。
同じ学校に通っていて、私が知らない南野秀一の顔を知っているせい?
ううん、違う、もっと…
もっとどろどろした、気持ちの部分で、この人は私より蔵馬を知っているんだ。
さぁっと体温が引いたように思えた。
この人、蔵馬の前で、女の子でいたことがあるんだ。
そこらへんにいるその他大勢の女の子じゃなくて、たったひとりの女の子でいたことが。
ご名答、とでも言いたげに、その子は艶っぽい笑みを浮かべた。
かぁっと、血が上ったのがわかった。
自分でも何がなんだかわからないうちに、蔵馬の腕に思いっきり抱きついていた。
この人は私のなの、ただのクラスメイトのくせに出しゃばってこないでよ。
私はあなたと待ち合わせてなんかない、邪魔をしないで、どうしてここに来たのよ。
「どうしたの?」
蔵馬はいつも通りみたいにそう聞いてきた。
私、私から蔵馬に抱きつくなんて、今まで一回もしたことがない。
蔵馬からねだられても絶対に一回もしたことがない。
そんな、恥ずかしいこと。
人通りの多いこんな場所でなら尚更だけど、衝動が身体を動かしたの、きっと。
「もう行こう、いっぱい待ったんだよ…」
声が震えそうなのを一生懸命我慢して隠した。
不自然じゃなかったよね、私。
蔵馬は私を見下ろして、にっこり笑うと「そうか、ごめんね」と言った。
ちょっとだけほっとする、いつも通りの私の蔵馬だ。
「じゃあ、行こうか」
蔵馬はそう言って、手を繋いでくれた。
ほら、見て、見て、見てる?
ただのクラスメイトになんて、蔵馬はこんなことしてくれないんだから。
その子に背を向けて、向こう側のホームへ向かうとき、
私はきっとすごくわざとらしくはしゃいでた。
あの子に聞こえるような声で、わざとらしい言葉で喋った。
やだ、考えたくない。
ただのクラスメイトの女の子でしょ、そんなのに彼女の私が妬くなんて考えたくない。
やだ、やだ、やだ、
蔵馬お願い、気付かないで、
いつもの私だから、いつも通りに戻るから気付かないで、お願い。
手を繋いだままでベンチに座ったときには私は気が抜けてて、
蔵馬は私の様子がおかしいことに絶対に気付いている。
それがあの女の子が原因だってことにも気付いてる。
やだ、お願い、話題にしないでね、お願い。
向こう側のホームで、あの子が立って電車を待ってるのが見えた。
こっちをちらちら伺ってるのもわかった。
「…ずいぶん早くに来てたんだね」
「…だって。早く逢いたかったんだもん」
いつも通りにしなきゃ、しなきゃ、蔵馬のほうを見て嬉しそうに笑うんでしょ、どうしたの。
俯いて足先を見つめたままで、視線を上げることができない。
やだ、可愛くないって思われてる、きっと。
蔵馬がすごく私のことを気にしてるのがわかる。
あんなの気にしてないよ、蔵馬の彼女は私だもん、そうでしょう。
そこら辺にいる脇役でしょ、恋愛の主役は蔵馬と私のふたりだけだよ、
あの子を気にすることなんて全然ないの。
あの子、あの子、…あんな子!
気にするなんてばかみたい!
さっさと忘れればいいじゃない、ただのクラスメイトだよ、ただの!
「いつもならオレのほうが早く着けてるのにね、待たせてごめんね」
「…ううん、いいの、いつも私が待たせてるから、たまには」
「…そう」
おはなしが続いていかない、ああやめて、空気がどんどん悪くなっていく。
自分で自分の首を絞めているみたい。
ごめんね蔵馬、蔵馬もいやだよね、こんな空気。
せっかくのデートなのに。
楽しいことを考えなくちゃ。
蔵馬がわがままを聞いてくれるの、嬉しいの、(わがままを聞いてくれるってことが=愛情とは限らないよ)
優しくてかっこよくて完璧な人なの、(完璧な人なんている? いないよ)
私のこと大事にしてくれるの、いつでも好きって言ってくれる、(それこそ口癖みたいにね)
疑うところなんて一点もないよ、蔵馬は嘘はつかないもの、(嘘はつかないけど秘密はたくさん持ってる)
「…大丈夫?」
蔵馬がそう聞いてきた。
「なにが? 大丈夫───」
「…彼女のこと、気にしてる?」
「してない、ただのクラスメイトを気にする理由なんてないもの」
話に出さないで!
忘れようとしてるのに!
私もばか、頭の中でだって蔵馬を責めるようなこと考えて。
蔵馬は悪くないよ、悪くないよ、こんなことで動揺してる私がばかなの。
電車が向こう側のホームに入ってきて、あの子と私たちを遮る。
早くあの子を乗せて見えないところまで走ってよ。
早くしてよ。
私、すぐにでもいつもの自分に戻りたいの。
あの子の姿が見えているうちは、私は可愛くない子のままだもの、早くしてよ。
「…話してなかったよね、彼女はね、」
いや、聞きたくない!
蔵馬に抱きついて、初めて自分から蔵馬にキスをした、それも、
ぜんぜんロマンチックなシチュエーションでも何でもないときに。
蔵馬の言葉を聞きたくないから、いつも蔵馬が意地悪で私にするように、
言葉を遮ってキスをした。
止まってる電車の乗客たちがきっとこっちを見てる、
恥ずかしいけどそんなことより蔵馬に黙ってもらうことの方が大事なの。
泣きそうだよ、こんなことくらいで泣くなんていや。
ほんの数センチだけ離れたら、蔵馬はすごくびっくりした顔をしてる。
びっくりして、すごくすごく、申し訳なさそうな目をしてる。
そんな目をしないで。
謝らないでよ。
あの子とのあいだに後ろめたいことがあったことを、そうやって認めないで。
知らないで済むなら知らなくても良かったの。
蔵馬が私の前に誰かを好きだったことがあっても、私は今だけ見ていればそれで良かったの。
今の蔵馬と未来の蔵馬が私のものなら、過去だって私のものよ、
元カノがいたとしても、その子のつけいる隙なんてあげない、過去の蔵馬だってあげない、私のものよ。
私の勝ちだよ、あの子が蔵馬にとってどんな存在だって言うの、
今の蔵馬にとっては私がすべてだよ。
私の勝ちだよ、誰だって認めてる、それなのにどうしてこんなに苦い味がするの。
蔵馬と私の歩いてる道に、あの子みたいなイレギュラーはいらないの、出ていって。
今カノは私だよ、堂々としていればいいのに、私のばか、どうして。
あんな子、気にする必要なんかないんだったら。
電車は走り去って、向こう側のホームはがらんとしてしまった。
やきもちなんて思いたくない、妬く値ある相手じゃないでしょ。
私は泣いた、蔵馬が私が泣くのに弱いってわかってるけど泣いた。
涙が止まらない、蔵馬を責めるつもりなんてないのに止まらないの。
どうして、どうして、
好きって気持ちだけで恋愛はうまくいってくれないの?
「ごめん」
謝らないで、お願い。
「…落ち着いたら、話を聞いて…謝らなきゃいけないこと、…たくさんあるから」
聞きたくないの、秘密なら持っていてもいいから、
秘密を持っているってことすら私に秘密にしておいて。
「泣かないで、ごめん、…泣かないで…」
蔵馬はいつものように優しく私を抱きしめてくれた。
優しさがつらいときがあるなんてよく言うけど、嘘だと思ってた。
「ごめん…」
謝らないで、何もかもが嘘だったみたいに思えちゃうから、お願い。
好きなのに、蔵馬、この恋はどこまでが嘘で、どこまでが本当なの?
蔵馬が私を好きだっていう言葉に嘘はないってわかってても、
一度影を落とした私の気持ちはどこまでも疑っていく、恋愛は甘いだけじゃない。
いっそのこと今日あったすべてを忘れてしまいたい、そうしたらまたいつものにこにこの私に戻るよ、
でもその笑顔は大事なことを見落とした半分嘘の笑顔だね。
好きよ、嘘でしょ、好きよ、忘れたい、好きよ、
過去のあなたまで私に頂戴、他の誰も目に入らないって、言葉だけじゃなく何もかもで私に教えて。
そのためになら私を汚して、貫いて。
今カノのキモチも不安になるよ、今カノなんて言葉がどれだけ頼りないものかを知ったときには。
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