パラレル004 政略結婚の王子様とお姫様


なんだかんだ言ってみんなにはそれぞれ大切な女性がいたのだけれど、

オレは仕事が好きだったので恋人とか呼べる存在が今の今までもまったくいなかった。

そろそろお年頃、とばかりにうんざりするほど持ち上がった縁談を片っ端から断り続けているにもかかわらず、

めげない人々はこれでもかと言うほどあちこちのお姫様方をオレにあてがおうとする。

そうしてある時、オレに黙って見合いが組まれたらしい。

ただの食事の席だったはずがなぜか相手方の娘に庭園を案内することになってしまった。

妙な気遣いをすればつけ込まれてしまうので、オレは終始無愛想を決め込むことにした。

「オレには今後一切結婚するつもりはありませんから、貴女もそのつもりで」

はっきりと言ったつもりだがまだ弱かったのだろうか?

温室育ちのお姫様はきょとんとしたあとにっこりと微笑んで、はい、と答えたのだ。

あとから聞いた真相はハァなるほど、この人ならと思うような内容だったのだが、

そのときオレは彼女が結婚を取引と考えることのできる「柔軟な」考え方の持ち主だ、というように受け取った。

それでやがて、かたちだけの夫婦になりましょう、という契約がオレと彼女とのあいだに交わされた。

もちろん、周りの頭のカタい人々には、これは内緒だ。



「よー蔵馬! おめでとさん♪」

「花嫁さんはどこかなァーー?」

結婚式だのなんだのと、契約夫婦には必要なさそうな行事に疲れてぐったりしているところへ、

幽助と桑原君が茶化しにやってきた。

儀式という儀式をすべて終えた夜、新しく用意された寝室。

部屋を別々にという望みはおろか、ベッドをふたつという要望すら却下された。

「…なら衣装を変えに行ってるよ。ああ疲れた」

徹夜で仕事をして疲れる方がよっぽど心地よく眠れるだろう。

「結婚なんかただの面倒でしかないな」

そうこぼすと、幽助と桑原君はにたりとやらしい笑みを浮かべる。

「またまたぁ」

「お楽しみはこれからだろー?」

初夜のことをほのめかしてにやにや笑っている彼らに思い切りガンを飛ばしてやる。

さすがにふたりはたじろいだ。

「蔵馬様」

真っ青なふたりの後ろから、鈴を転がすような声がオレを呼んだ。

オレのイライラの矛先を逸らすのに格好の標的と踏んだのだろう、幽助と桑原君はゲストを喜んで部屋へ迎え入れた。

本日のヒロインは装飾の重たい衣装を身からやっと外すことができて、軽やかな布のナイトドレスをまとっている。

正直、ごたごたした姫君方の服装は鎧をつけているのと何ら変わりないなというのがオレの感想だ。

「まだお休みにならないのですか?」

にこにこしているの後ろでふたりがまた意味ありげな目配せをしたが、とりあえず放っておくことにしよう。

深窓の令嬢なんて、そういう知識は与えられていなかったりするものだ。

「…もう寝るよ。疲れた」

契約夫婦と割り切ってはいるつもりだが、どうも普通程度に親切にすることもできない。

からすればオレは無愛想なままの印象だろう。

「じゃあオレたちはこれで〜」

「ごゆっくり〜」

他人事だと思って、とにらみ返すオレをものともせず、幽助と桑原君は部屋をそろりと出ていった。

ドアが閉まる音を待たずに、けだるい身体を引きずってベッドに倒れ込む。

があとからついてきたのがわかった。

侍女たちが部屋中の灯りを落としてから部屋を辞し、ベッドサイドのランプだけが淡く室内を照らし出した。

さっさとシーツのあいだに潜り込んだオレの隣に、彼女がなんのためらいもなく横になる。

…やっぱり知らされていないな、この人は。

重苦しい息をついて、オレは一度起きあがると彼女を見つめた。

「…あのね。」

「はい、なんでしょう? 蔵馬様」

つられて起きあがりながら、は無邪気に問い返してきた。

「…とりあえず、様付けをやめよう。そうじゃなければ好きに呼んでいいから」

「………はぁ…でも、なんとお呼びしたら?」

「だから、君の好きなように」

「…でも。お命じになってください」

「…では、蔵馬と」

「はい。承知いたしました、蔵馬」

はにっこりと悪びれなく笑った。

いったい何なんだ、この人は。

「いい? オレと君との結婚は政略的なものだ。

 形式上こうして同じ部屋で暮らすことにはなったけど、それ以上演じ続ける必要はない。

 オレはオレの好きなようにする、いいね」

「はい」

「君も好きなようにしてくれて構わない。

 オレは君をどうこうしようとは思っていないから、寂しければ他に恋人を作ればいい」

「はい?」

はそれでも微笑みながら首を傾げた。

かなりきついことを言っている自覚があるのだが、この姫君は動じない。

「人々の前でだけ、仲の良いふりをしていればそれでいい。

 君がどれだけ夜遊びをしようと男遊びをしようと、オレは構わない。

 ひとつだけ、オレの邪魔になることだけはしないでほしい。それだけだ」

「はい、わかりました」

…わかっちゃうんだ?

なんて人だ、いくら温室育ちでも天然ボケが過ぎるのではないだろうか。

泣かれて責められてくらいは覚悟していたのだが、これでは拍子抜けだ。

「私は幼少時よりあなたの妻になることだけを考えて参りました。

 あなたの望みは私の望み。あなたの命令が私のすべてです、蔵馬」

ああ、やられた、こういう育てられ方をしてきたのか。

は今しがたの爆弾発言に自分で気づかずににこにことしている。

「では、質問がある」

「はい、なんなりと」

「簡単だ。そうだな…君の好きな色は?」

「蔵馬は何色がお好きですか?」

「…オレのことはどうでもいい。君の好きな色は?」

「あなたのお好きな色が私の好きな色です」

さらりとこともなげに、はそう言った。

「じゃあ、好きな食べ物は?」

「あなたのお好きな食べ物が、私の好きな食べ物です」

…冗談だろう。

究極の男尊女卑社会でこういう女を好む男もいるかもしれない。

自分の思い通りになる、自分の色だけに染まろうとする従順な女性。

…けれど、これでは重たすぎやしないか?

「…。かたちだけでもオレの妻でいたいなら、毎日ひとつオレが出す課題をクリアするように」

「はい。どんな課題でしょうか」

「まずは明日だ。自分の好きな花の名前をひとつ挙げること」

「…蔵馬はどんな花が…」

「好い加減にしてくれ。オレの意見を聞こうとするな。君自身が好むものを見つけてこいと言ってるんだ」

ついイライラをストレートに口に出してしまった。

傷つけただろうかと顔色をうかがったが、多少驚いている程度のようだった。

ある部分では恐ろしく図太く、タフな精神だ。

「君は君だ。すべてオレに従う女をオレは欲しいと思わない」

は初めて困った顔を見せた。

こんな表情もできるんじゃないか。

「いいね。明日の夜、課題の答えを述べるように。では、おやすみ」

背を向けて横になる。

は途方に暮れてどうして良いのかわからないでいるようだった。

他人に従うことだけを教えられ、自分でなにかをすることを知らないオレの妻。

契約、かたちだけ…と口では言いながら、オレは彼女にオレの妻でいるために必要なことを押しつけようとしている。

…いや、オレの妻でいるために、ではない。

ひとりの自立した人間であるために必要な自我を呼び覚まそうとしているのだ。

かたちだけなのだから、いつかにも本当の恋が訪れるかもしれない。

そのときに、オレの色しか知らない、わからないでは君が可哀相だから。



翌日、まだ眠るをベッドに残して、オレはさっさと仕事に出た。

執務室には誰ひとりいなかったが、それがかえって心地よく感じられた。

一時間ほどひとりで書類相手に格闘していて、疲れた目をふと窓の外へ向けた。

広い庭園はと初めて結婚の話をした場所だ。

ふと温室のほうを見ると、が真剣な顔で咲き誇る花々とにらめっこしているのが見えた。

忠実に、多分彼女なりに真剣に、課題の答えを探しているのだろう。

なんだか装飾に埋もれて窮屈そうに息をしているたくさんの姫君たちに比べたら、

素朴で純粋で可愛らしいと言えるのかもしれない。



何度か声をかけると、彼女はオレに気がついてふわりと微笑んだ。

「おはようございます、蔵馬。もうお仕事ですか」

「やることはたくさんあるからね」

朝食もろくにとっていないことを思い出したが、それはまぁいいだろう。

「課題の答えは見つかった?」

「……いいえ。わかりません」

の表情が曇った。

「どうしたらいいでしょう」

「…それを自分で考えなさい」

そう言うと、は心細そうに目線を落とした。

「もう少し、温室を見て参ります」

背を向けて戻ろうとしたをもう一度呼び止めた。

「午後のお茶の時間はあいている?」

一応聞いてみたが、お姫様たちの仕事は夜毎の集まりに着飾って出ておほほと笑うことだ。

日中は暇に決まっている。

はい、と答えたを誘って、午後はみんなを呼んでを会話や遊びに混ぜてみようと思った。

形式的な場所で決まった行動をするような経験しかないだろうから。

それに、女の子の友達ができるのもきっといいだろう。

(なんだ、ずいぶん面倒見がいいじゃないか)

書類に向き直ってしばらく、仕事の調子はなぜか狂って思うようにはかどらなかった。

午後のお茶の時間には幽助と桑原君、螢子ちゃんと雪菜ちゃん、

実は来ることを期待していなかった飛影まで顔を見せてくれた。

は最初ひどく緊張していたようだが次第に態度がほぐれてきて、やがてひとりひとりをつかまえて

あなたの好きな花は、と全員に聞いてまわるという行動に出た。

なかなか頑張るじゃないかとオレは微笑ましい気持ちでそれを見ていた。

「…蔵馬」

「なんですか? 飛影」

「…あれはなんだ」

を示して彼が聞いてきたのは、好きな花はというしつこい問いの理由だろう。

「課題ですよ」

「…なんだと?」

「…彼女ね、自分の好きなものがわからないんですよ。

 だから、一日ひとつ好きなものを見つけてこいっていう課題を出したんです」

飛影は呆れ気味にを眺めた。

螢子ちゃんと雪菜ちゃんと一緒に、今は好きな花から温室、天気、季節とどんどん話題が変わってしまっている。

会話についていくのに必死になっているようだが、なるほど良い経験にはなったようだ。

「…ちなみに、飛影」

「…なんだ」

「貴方、に聞かれてなんて答えたんです?」

「なにがだ」

「『飛影さんのお好きな花はなんですか?』って」

「…なんでもいいだろう」

「ちょっとした興味ですよ」

ちっと舌打ちをして、飛影は忌々しそうに席を立った。

漏れる笑いをこらえきれずにいると、がオレのそばへ戻ってきて、おずおずと小声で問うた。

「…あの、蔵馬。あなたのお好きな花はなんですか?」

「オレの意見を聞こうとするなと言ったはずだけど」

「いいえ、そうじゃありません。螢子さんと雪菜さんが、今度お庭で花を切ってくださると仰るから」

ではあなたの好きな花をと思って、とはしょんぼりうなだれた。

「…ああ、そういうこと…」

好きな花か。

自分がに出した課題を問い返されて、改めて思うと。

好きなものは多くても特にこれがいちばん、というものはないかもしれないという事実に思い当たった。

(…これは課題の出し方を訂正しないといけないかもしれないな)

好きにもいろいろあって、愛だったり恋だったり、漠然とだったり、ということも教えなければならないのか。

幽助と桑原君が横から「蔵馬はバラだろー」と口を挟んだのに、そういうことにしておこうと乗って、

今日の夜にが苦労して選んだ答えを楽しみに待つことにしたのだった。

その夜、はかたい表情でオレの帰りを待っていた。

課題の答えはと聞いたら、手の中に持っていたらしいものをためらいがちにさしだした。

花ではない。

の手の上に乗っていたのは、ちいさな四つ葉のクローバーだった。

「…葉が四枚あるクローバーは、幸せの象徴だと教えていただきました」

なるほど、うまい逃げ道だ。

「君はこれが好きなの?」

「…たぶん」

自信がないのか。

「…まぁいいか。合格にしよう」

そう言うと、はほっとしたようにゆるりと微笑んだ。

次の日もその次の日も、オレはに課題を出し続けた。

好きな色、好きな食べ物、好きな花、好きな本、好きな音楽、好きな飲み物、好きな動物、好きな宝石、好きな香水、

とにかく好きななにか、というものをもっと細かいところまで言及して問い続けた。

さすがにふた月ほどたった頃にネタは尽きて、まだ聞いていないものを思いつくまでにかなり苦労するようになった。

はすべての課題を真剣にとらえて自分なりに考えたようだったが、

やはり少し違う何かに逃げたり、うまく答えられなかったりということばかりが重なった。

その頃になると周囲もそろそろ新婚だからという遠慮をしなくなってきて、

仕事は夜中まで追ってくるし、朝は早くから引きずりあげにくる。

はこんなことまで自分で判断ができないから、

0時を過ぎてオレが戻らなかったら先に眠るようにと命令をしておいた。

時間がすれ違ってしまえば、課題を出す機会も減ってしまう。

は日中する事もなく、ただぼんやりと過ごす時間が増えてしまったらしかった。



ある日、休憩中のオレの前に宝石商が現れた。

重たそうな箱をいくつも抱えて、それを開くとまばゆいばかりの宝石や貴金属が所狭しと並んでいる。

彼は「奥方様にいかがですか」、と聞いてきた。

奥方様にねぇ、と息をつきながら、彼女がいつかの課題で好きな宝石はティア・イオライトだ、

と言っていたのを思い出した。

理由はあるのかと聞いたら、誕生石だからという安直な逃げ道を答えたと思ったが。

「ティア・イオライトは何月の誕生石だ?」

「はぁ、ティア・イオライトでございますか…あれは誕生石ではありませんな」

「……は?」

「十二の月の誕生石は…

 一月からガーネット、アメジスト、アクアマリン、ダイアモンド、エメラルド、パール、ルビー、

 ペリドット、サファイア、オパール、トパーズ、トルコ石と…ティア・イオライトは含まれません」

披露された豆知識に目を丸くする…ティア・イオライトが誕生石じゃないって?

では、が答えた誕生石だから好きという理由は、嘘なのか?

考え込むオレをよそに、宝石商はいそいそとティア・イオライトの箱を取り上げて開いて見せた。

「ティア・イオライトは非常に稀少価値の高い石でございます。別の名を涙鉱石と申しますな。

 発掘から加工、結晶化に至るまでのすべての行程が専門の職人にしか行えないために、

 上流階級の方々の中でも一握りのお客様にしか手にすることはできませぬ」

さすがはお目が高い、などと、上流階級の客とやらをくすぐるセリフが次々飛び出す。

実際に目にしたティア・イオライトは水をそのまま固めたような高い透明度を持つクォーツのようで、

光にかざすとテーブルの上にきらりと虹を描いた。

「奥方様への贈り物でございますか? どのような加工を申しつけましょう」

もうオレがティア・イオライトをに贈ることは決まっているらしい。

まぁたまにはいいか、そういうことがあっても。

彼女の喜ぶ顔が見られるかもしれない。

「指輪に致しましょうか。それとも首飾り…耳飾りでもようございますね」

普段まったく飾り気のない質素な妻の姿を思い返す。

…どんな装飾品が好きかは聞いたことがなかったな。

そこまで考えて、ふと気づいた。

かたちだけで本当に夫婦になろうなどと考えていたわけではなかった、それでも。

オレがこのふた月のあいだにしてきたことは、妻になる女性のことをもっと知ろうとする行動そのものだ。

には無理難題を押しつけておきながら、オレがしてきたのはただの身勝手だと思った。

こんなこと、ちっとも誠実なんかじゃない。

契約夫婦と口で言いながら、オレととはそうして少しずつ距離を縮めて打ち解け始めている。

ふた月もたって初めて、やっと恋に落ちかけている自分に気がついた。

やばい、これはいけない。

宝石商を幽助たちに押しつけて、オレはを探してあちこちを巡った。

最後に温室に行ったときやっと、最初の課題のときと同じように真剣に花とにらめっこするを見つけた。



「蔵馬? お仕事はもう終わったのですか」

嬉しそうに顔をほころばせる。

、…話がある」

「はい」

は変わらず無邪気な顔で首を傾げた。

「…離婚しない?」

「……………」

唐突なオレの申し出に、は時間が止まってしまったように凍り付いた。

やがて、震える唇で言葉を紡ぐ。

「…私、なにかあなたのお邪魔になることをしたのでしょうか」

「…いや、なにもしてない、君は悪くない」

「では、どうして」

さすがにショックは隠せないようだ。

「…オレにとっても君にとっても、これは本意じゃない結婚だった。

 君はこれからきっと、誰か優しい人に出逢うから。そのときにオレがいては邪魔なだけだ」

世間体はもはやどうでもいい。

いつかのために、オレはに本気で恋をする前に離れなければと思いこんでいた。

「考えておいて、いいね」

それだけ言うと、背を向けて温室を出ようとした。

…そのとき。

か細い声が、待って、とオレを引き留めた。

振り返る前に、はオレに追いすがって抱きついてきた。

泣いている。

「…

「待って、蔵馬、私」

濡れた目でオレを見上げた。

「あなたの言っていることが、やっとわかりました」

溢れる涙を拭うことすらせず、まっすぐにオレを見つめると。

「自分の好きなものを見つけました…あなたが好きです、お別れしたくありません、」

はそう言って、ただきつくオレに抱きついた。

あまりのことにどうしていいのかわからないのは、今度ばかりはオレのほうだった。

初めて自身の気持ちを自身の言葉で告げられて、それにどう答えていいのかわからなかった。

そうして、オレに抱きついたままで泣いているを、

抱きしめてもいいんだ

ということにやっと気がついた。

おそるおそる、の身体に腕を回してみる。

結婚してからふた月もたって、オレととは初めてそれらしいふれあいを持ったのだった。



極小粒のティア・イオライトがあまり目立たない程度に散りばめられたシンプルな指輪が届いて、

今は自分の左の薬指を飾るそれを、はさっきからじぃっと見入っている。

蔵馬が私の指にはめてくださいと、は初めての小さなわがままを言ってくれた。

「…なんでティア・イオライトが好きなの?」

理由は嘘だったということは確認済みだ。

「…ティア・イオライトは持ち主の気持ちを反映して色を変える宝石です」

「なるほど、面白いな」

「子供の頃、母の宝石箱で遊んでいたとき…ティア・イオライトは透明なままでした」

「へぇ?」

「…恋をすると、色が変わるんですって」

ああ、そういうことだったのか。

試してみたかったんだな、オレのそばにいて変わっていく自分の色を。

嬉しそうに指輪を眺めるの唇を横から奪った。

キスをするのはまだ少し照れる。

は赤くなって俯いて、その場を誤魔化すように口を開いた。

「あの、蔵馬」

「…なに?」

「私、誤解していました」

なんの話かと首を傾げる。

「初めてあなたにお会いしたとき、お庭でお話ししましたよね。あのとき」

オレが言った「オレには今後一切結婚するつもりはありませんから、貴女もそのつもりで」というセリフ。

「私、あなたが私以外の方に浮気するつもりはないですから安心して、って仰ったんだと思ってました」

それを、あの離婚宣告まで気づかなかったのだという。

はぁあ、と思わず呆れた息をついて脱力するオレに、はスミマセンと頭を下げる。

完全男尊女卑社会、一夫多妻制度を今度の会議で覆してしまおうかと、オレは真剣に考えた。

「…呆れられました?」

「いや、別に」

誤魔化しておこう。

「今は構わないさ…その誤解のままでもね」

抱き寄せて、の額に唇を寄せた。

オレのシャツを柔らかく握りしめるの左手で、恋する宝石は淡く色づいていったのだった。



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