恋文日和 001 蔵馬から


へ。

今は夜の11時。

今日は君がオレの部屋に遊びに来た日だよ。

さっき駅まで送っていって、電車に乗るところまで見届けたけど…ちゃんと家に帰れた?

電話でもメールでも、君と繋がる方法はいくらでもあるけれど、

わざわざ手紙を書いてみたい気分になったので、こうしてペンを執りました。

…変だね?

明日も明後日も、会うと思うけど。

毎日毎日当たり前みたいに会っていると、それは幸せなことに違いないんだけど、

半透明な嘘が凝っていく気がするんだ。

つまり、オレが君にあからさまな嘘をついているという意味ではなくて…

本当は当たり前じゃないはずのことが、当たり前に思えてくるという嘘なんだ。

いつの間にか知らないうちにそれは驚くほど凝り固まっていて、

オレはそれを取り除くのに苦労してるところ。

声に出して言わなくても、オレが君を好きだと言うことが伝わっていると勘違いしていた。

なにがきっかけなのかはもうよく覚えていないんだけど、急に気がついて恐くなったんだ。

走って会いに行けばオレには数分の距離でしかないけれど、手紙を書こうとなぜか思った。

正直、ラブレターなんて書いたことないから、どうしていいかわからない。

核心をつく文章を書こうとする手が戸惑って、こういうどうでもよさそうな文字ばかり並べていくんだ。

なんだか、悪あがきのようだよ。

でも笑わないでほしい、オレは結構真剣だから。

苦しいのは、君に向かってひた走る自分の気持ちにぴったりな言葉が見つからないこと。

もたもたしていたら呆れられてしまいそうだね。

気がついたらいつも、のことばかり考えている自分がいて、一人で恥ずかしくなることがある。

君はいったい、オレにどんな魔法をかけたんだろう?

それはとても甘い味がするんだけど、ときどきとても苦くも感じられるし、

胸がしめつけられるように苦しかったり、針に刺されるように痛んだりする。

気持ちの作用って、思っているよりもずっと大きいみたいだ、すごいな。

そうやってのことを考え続けていると、もう他はどうでもいいと思ってしまうこともあって、

ときどきとても困るんだ。

今も書きながらのことばかり考えているけど、不思議と駆けつけなきゃという気は起こらない。

書きながら、オレは自分の考えていることや、君への想いを確認しているんだ。

気持ちをそのままに伝えたいと思って言葉をひねり出そうと苦心しているうちに、

君への気持ちの様々なかたちにオレは改めて気付く。

こんなふうにも、もっと違うようにも、オレは君を想っているみたいだ。

会いたい気持ちはこれ以上ないくらい募っているけれど、

明日君に会ってもなにも知らないふりをして、君にこの手紙が届くまで待っていよう。

君がなんて言うのか、今から楽しみだな。

これだけ書いても、オレはまだ言いたい言葉をひとつも言っていない気がする。

好きだとひとこと書くだけで、君にちゃんと伝わるのかな。

それもちょっと半透明な気がする。

やっぱりちゃんと会って目を見て言ったほうがいいんだよね。

一番簡単でいちばん難しいことだね。

はよく、オレが照れることを知らないなんて言うけど、そんなことないんだよ。

必死で取り繕っていたりするんだよ。

オレはまだ、自分の手の内すべてをあかすことを恐がっているみたいだ。

君が相手でもそうらしい。

でも、オレ自身が意識していない部分でそれを恐れて保身を考えたとしても、

心のどこかではなにも隠し事のないオレで、君の前に立ちたいと願っている。

出来れば君にもそうあって欲しいと思うけれど、それは綺麗事だね。

隠し事や見えない部分があるのはいいとしても、嘘のない自分でいられるようにしていたい。

ここにこうして書くことが、オレの決心なんだ。

明日から、なんの前触れもなく何度も君に好きだと言うから。

照れるかもしれないし、きっと恥ずかしいと思うけど、ちゃんと目を見て言うよ。

この手紙が届いたときが、種明かしだ。

また明日、あさって。

この手紙が届いたときに、もう一度、会おう。

たぶん数日言われ続けて困っているかもしれないね、

大好きだよ。



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