プレシャストーン 01

放課後の被服室は暗くて、ビーズやスパンコールを拾う針の先がたまにぶれて見えたりする。
目が疲れてる。
でも気にしない。
この疲れはとても気持ちいい。
好きなことをしている瞬間って、疲れていることを自覚なんてしないものだもの。
そんなことを考えるでもなしに考えながら、は黙々と真珠色に丸く光を帯びたビーズを針先に拾い、
白い糸に通し、輝くばかりの純白の布地に縫い止めた。
これは贈り物。
のいとこのお姉さんが、結婚式を挙げることになった。
大好きなお姉さんを取られるなんて思うと、も素直に祝福する気にはなれなかったが、
結婚が決まってからのいとこはとても幸せそうで、日に日に美しくなっていくように見えた。
彼女がある日、に依頼してきたこと、それがこの手元のティアラだった。
──ちゃん、昔からこういうの、上手だったでしょう。
大好きないとこの、人生でも特別のイベントを自分の手でも彩ることができるなら。
はそう思って、ドレスのデザインを選ぶのも手伝い、試着にもくっついていき、
ティアラのイメージをかためて布やビーズを選んだ。
大人っぽいOLさん、というイメージばかりが強かったいとこがこれがいいといって譲らなかったドレスが、
以外にも大人っぽいイメージとはかけ離れた夢のお姫様のような可愛らしいドレスで、
それに合うようにと上品な光沢のある布地でバラの花を作り、朝露のようにビーズをちりばめることにした。
レースにリボン、露を浮かべたバラの花、ビーズとワイヤを組んで作った繊細なティアラ。
当初思い描いていたかたちよりかなり大振りで派手な出来になる予感だが、
はティアラのできに今のところ満足している。
きっと、花嫁の髪を美しく飾ることだろう。
最後の仕上げに、ひとつだけ特別に用意しておいた青色のビーズを針の先に拾う。
少々重そうな・落ち着いた色のそれを、あまり目立ちすぎない場所にさりげなく縫いとめた。
「よっし、完成!」
ばんざい、と諸手をあげたところ、タイミング悪くがらりと教室の扉が開いた。
はその格好のままで固まった。
「……なにしてるの?」
そう問いかけられ、はたちまち青ざめる。
よりにもよってここでこの人が来るだろうかというようなその人物、
学校一の優等生の座を無意識で譲らないこの男。
「み、南野君……」
「ばんざい?」
苦笑しながら彼がの格好をちょっと真似てみせるのだが、
それはばんざいというよりホールド・アップといったほうが似合いだった。
「あ、な、なんでもないの……」
学校中の女子生徒の例に漏れず、もこの優等生を相手に淡い恋心を抱いている。
ただ、なにがあろうともそれを口に出すつもりはなかった。
の親しい友人たちの、誰ひとりとしてそれを知らないはずである……悟られていなければ。
憧れるだけの恋でいいと、最初からそう決めているのだ。
ただのクラスメイトという現在の距離が、自分にとって一番幸福な距離と思って疑わなかった。
が慌てて隠そうとした手先にあるものに、優等生は目を留めた。
「うわ、すごいなそれ」
そばに寄ってこられ、作ったのと聞かれては赤くなりながら頷いた。
「へぇ……うわ……すごいな……」
慎重にそれを持ち上げて四方八方から眺める彼は、何度も同じような感嘆詞を繰り返している。
「こんな細かいものを手作りできるものなんだ。、こういう特技があったんだな」
「特技って程じゃ……趣味だもん」
クラスの秀才に褒め言葉をもらっただけで光栄とでもいうような気持ちを抱くだが、
その気持ちにほんの少し引っかかるものを感じて、浮かんだ笑みが悲しげに曇る。
「……諦めたんだ……夢なんだけど」
「諦めたって、どうして……こんなに素晴らしい腕があるのに?」
「ん……好きなことで食べてくのって、難しいんじゃん……? だから」
勉強をして、いい大学に入って、いい会社に就職しなければならない。
服飾の専門学校なんて道もあったのに、は盟王高校を受験した。
この超有名な進学校に在籍して、勉強をせずに針と糸で遊んでだけいるわけにはいかないというのが現実だ。
「……諦めきれてないから、やってるんじゃないの?」
何気なく言われた言葉に核心を突かれて、は思わずかっと赤くなる。
「あ、ごめん……気を悪くしないで欲しい」
そうじゃなくてとワン・クッション置いて、彼は続けた。
「つまり……障害があってもやり続けられることなら、大丈夫だとオレは思うな」
諦めるなんて勿体ないと、彼はまた手に持っていたティアラをまじまじと見つめた。
「……これはなに?」
「……ティアラ……あの、結婚式で花嫁さんが髪につけるやつ」
結婚式で花嫁さんが、というところに彼はぴくりと反応した。
あまりにもわかりやすい、あからさまなその動作に、もちょっと首を傾げる。
彼は少し真剣な目をして、次の質問を投げかけた。
頭の上を指さしながら。
「ヴェールの上に載ってるやつ?」
「うん、そう」
「……、その気になったらドレスも作れる? ヴェールも、ジュエリーも、全部」
「ぜ、全部!? 嘘ぉ!」
無理無理と否定する自分の内側で、それでも血が駆けめぐっているのがわかった。
女の子の憧れ、ウェディングドレス。
愛する人の妻になることを誓う場所で身につける特別ななにもかもを、自分の手で作ること。
……できれば、自分の結婚式のために。
の夢の最終目標のひとつがそれといっても、間違いではない。
「……夢をさ、諦める前に試してみないか」
「な、に?」
がよければだけど。仕事を頼むよ。花嫁衣装一式。全部」
「えっ……えぇ!?」
「制作費はいくらかかっても構わないよ、好きなものを好きなだけ好きなように」
たぶん経費で落ちるしと、彼はよくわからないことを呟いた。
「報酬も出すよ。えーと……相場がわからないけど……調べておくから。
 まぁ、出し惜しみはしませんよ……いいものを作ってくれるのならね」
彼はなにか企むようににやりとに笑って見せた。
「どう? 無理?」
短いこの言葉はこれ以上ない挑発だった。
はほとんど何も考えずに真っ白な思考のままで、「やる!」と叫んでいたのだった。


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