call me.


思うことは、わがままなのか。

時間が経つのも科学が発展するのも社会が変化するのも構わないけれど、

繋がっているのがもうすでに携帯電話を介してだけだなんて悲しすぎるじゃないか。

人と人の距離は、成長とともに縮まったのか?

と繋がっているためだけに、仕事や友人と繋がっているものとは別の携帯電話を持っている。

メールでも電話でも、最初はいつでもオレを呼ぶのを待っていた。

何千年生きたんだよと自分に聞きたくなるくらいだ。

一日に何度、携帯電話を開いては着信やメール受信のあとがないか確認しただろう。

君に呼ばれることにオレが気付かないなんてことは、まぁまずなかったけれど。

ベルが鳴ると、身体がいきなり芯からこわばって、鼓動が跳ね上がって、

携帯電話に駆け寄って、それを拾う手先が震えるようで、

初恋じゃあるまいし、冷静になれと長年やってきて癖になったように表情だけは落ち着けて、

下手をすると叫びたくなるのをどうにか抑えていた。

そのやりとりが嬉しかった。

電話した方が速いのにわざわざメールを打ってみたり、

電話が苦手なにわざと電話して話を無駄に長引かせてみたり、

馬鹿馬鹿しいけれど真剣にそんなことばかり繰り返していた。

今は、

からどんな言葉が生まれるか、

恐くて落ち着いていられない。

ゴメンナサイとか、言われてしまうかもしれない。

別れ話をしようとか、そういうことかもしれない。

ねぇもう一度と、言ってもらえる自信がなかった。

ここ最近、どうにもたまらなくなってくると、携帯電話の電源を切ってしまう。

電話が鳴るのが恐いわけじゃない。

電話が、鳴らないかもしれないことが、恐い。

これしかないのに、とオレとが繋がっているための。

家の中をただ移動するにも、携帯電話を手放すことが出来なかった。

どうか、オレを、呼んでほしい。

その声でなんて贅沢は言わない、ベルを鳴らすだけでいいから。

まだ君の中にオレがほんの少し、

ベル一回分の猶予でもいいからいるのだということを君の指でオレの携帯電話にかけて伝えてほしい。

忘れてしまったなんて思いたくないんだ。

そうして肌身離さず持っていたことを、オレは悔いた。

ある日、洗面所で、洗顔中に、胸ポケットに入っていた携帯電話が、水の中に音を立てて沈んだのだ。

目の前のその光景に、洗面器の内側だけで起こった静かな事件に、身動きがとれなかった。

変わりはいくらでもある、好きなものを選べばいいと誰もが言う、

壊れていなくても飽きたら変えればいいと、こんなもの固執する余地もないと、

そんなことを誰もが言う。

透明の奥のこの機械のかたまりが、オレにとってどんな意味を持っていたかも知らないで。

水から引き上げても、ディスプレイは目覚めてくれなかった。

君が呼んでも、気づけない。

声が聞けない。

言葉が届かない。

ふいに思う、

ここで泣いたら、バカだ。

こんなもの、機械のかたまりだ。

水に沈んだだけで役目を果たさなくなるような、それだけの存在でしかないのに。

とオレとがこんなもので繋がっていたなんて嘘だ。

魔法のような現実が見せる、マボロシだ。

声が聞きたい、言葉が欲しい、それなら、立ち上がって、この足で、走って、息を切らして、を探して、

大声で呼んで、そうすればいいんだ。

今行く、今行くから、待っていて、

すぐに行くから、すぐに、走って行くから、

なにもかも放り出して走り出した。

君が泣いている背が見える気がした。

なにを言われてもいい、ごめんなさいと言われてもいい。

会いに行くから。



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