50/50 フィフティ・フィフティ
蔵馬のカノジョは、ちょっと変わっている。
と言ったら、彼自身はそんなことないと言って、しまいに怒りだしたりするのだけど。
これは蔵馬から聞き出した、ちょっと微笑ましい恋人たちのエピソードだ。
* * *
昼間、電話をかけた。
違う学校に通う彼女は、昼休みになると必ず一通のメールを寄越す。
オレは今日もそれを待っていたのに、なぜか携帯電話は彼女の気配をオレに伝えてくれない。
それで、しびれを切らして…
オレらしくもなく、彼女からのメールがこないことが思ったより堪えていて、
心配で、つらくて、声を聞きたくなった。
機械を通した声じゃ本当はちょっとつまらないけれど、今この時間に直接会いに行くと彼女が怒るので。
誰も来ない、立入禁止の屋上。
厳重な鍵も植物の蔓に活躍してもらえば、一分とかからずに陥落する。
ショートカット・メモリを探す指が、もどかしさからかやたらともつれた。
『はい? 蔵馬?』
「…もしもし、?」
この短い会話でも、はふつうだということがわかる。
『どうしたの?』
「…いや、メールが来なかったから…」
どうしたのかと思ったのはオレの方だよと、望みもしないのに口を尖らせる自分がいた。
何かに妬いているようで、その相手がまったくわからない、今のこの気持ち。
電話の向こうで、ばん、という軽い音がした。
…傘を開いた音に聞こえたのだけど。
「…何してるの?」
『うん、傘を開いたの』
ぱちん、とそれを閉じる音がして、またしばらくするとばん、と開く音が続く。
開いては閉じ、開いては閉じ。
「…どこにいるの?」
『屋上。今ね、昼休み』
「知ってるよ」
早く早く、と急かす声が脳裏に響く。
との会話はいつもこんなふうで、ゆっくりして、要領を得ない。
と一緒にいるオレはいつも思考のどこか隅のほうで、早く早く、と言っている。
早く早く。
もっともっと、急いで。
『あのね、今日の天気予報見た?』
「見たよ。曇りだね」
屋上のフェンスに寄りかかって、空を仰いだ…曇り空だ。
なんだか自分の今の心境をそのまま映したような色に見えて、何となく癪に障る。
たかだか空や雲やテレビのニュースに、簡単に悟られてたまるか。
ほら、早く早く。
「憂鬱だね…」
『あのね蔵馬、今日の降水確率見た?』
「それは、覚えてないな」
『50%なの。どっちに転ぶかな』
「…雨は降ってほしくないな…」
今日は傘を持っていないから。
そう言ったら、が電話の向こうでしめた、というように笑ったのがわかった。
『あのね、私今、雨が降るのを待ってるの』
「…どうして」
『雨が降ったら、この傘使えるでしょ。新しい傘なの、この間買ったの』
「そう…」
『それでね』
早く早く。
そろそろオレは待てない。
『あのね、雨が降ったら、新しい傘をさして、盟王高校まで蔵馬を迎えに行くの』
「……………」
急かされていた気分が、一気に溶けた。
『今日、傘持ってないんでしょ? 一緒の傘で帰れるよ』
だから雨が降ってほしくて、傘を買ってから毎日、屋上で雨を待っている。
はそう言って、きゃらきゃらと笑った。
『いつも蔵馬が迎えに来てくれるから、たまに逆になってみたかったの』
「…そっか」
まったく、君にはいつもやられっぱなしだなぁ。
つい笑みが漏れるのを留めることなどできなくて。
「じゃあ、オレも待ってるよ」
重い色の空が泣き出すのを、その雨の中、新しい傘をさしてやってくる君を。
早く早く。
50%の降水確率。
もっともっと。
君を、知りたい。
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