彼と彼女の平和な日常 〜聖夜のおはなし〜 (そのうち挿絵が入る予定…クリスマス過ぎるって…)


「もういいかい?」

「まぁだだよっ! ちょっと待って!!」

かくれんぼではない。

の部屋の外に立たされ、冷たい空気が肌を刺すのにひたすら耐えながら、

蔵馬は彼女が自分を呼んで暖かな部屋に招き入れてくれるのを待っていた。

ごそごそと何かを探る音、衣擦れの音などいろいろ聞こえてくるのだが、

堅固な金属ドアに阻まれるとさすがの蔵馬でもが何をしているのかは想像しにくい。

クリスマスは二人で、とがみんながいる前で蔵馬に頼み込んだものだから、

幽助たちはみんなで集まって騒ごう、という誘いを二人にかけづらくなってしまったらしい。

恐らくはもそれを見越してそんな行動に出たのだろうと蔵馬は想像する。

その策は見事にヒットして、幽助はに聞こえないよう蔵馬にだけそっと、

みんなで騒ぐのは正月にな、と耳打ちしたのだった。

彼らの気遣いに甘えることにして、の部屋に呼ばれてきた本日12月24日、クリスマスイブ。

もうすぐチャイムに手が届く、というところで携帯電話が鳴って彼を引き留めた。

電話の主はすぐ目の前の部屋にいるはずので、いいと言うまで入ってくるなというのだ。

仕方なく立ち往生すること十数分。

そろそろ寒さのために指の動きも鈍ってきた頃、やっと扉が開かれた。

「もういいよ、いらっしゃい、蔵馬。寒かったでしょ」

ちょっとすまなさそうな顔をして現れたは白いワンピース姿。

髪には細いリボンが結ばれていて、ちいさな花のコサージュが散らされている。

耳朶に留められたピアスの先には淡いピンク色の石と天使の羽根が揺れて。

「可愛い」

蔵馬は嬉しそうに目を細めると、玄関先であるにもかかわらずの身体をぎゅっと抱き寄せた。

そのままキスをしようとして…他でもないの細い指に遮られる。

「…指をよけてください? お姫様」

「まだダメなの! ゲームのご褒美にするから」

「ご褒美?」

やっと少し離れてみると、はまだちょっと赤い顔をしている。

実のところつきあい始めてからまだ日が浅く、少しこわがりのにはまだ数回のキスを許された程度。

かなり積極的にに近づこうとする蔵馬の行動は、こうして避けられてしまうことも多い。

「そう、宝探し…得意でしょ、盗賊さん?」

そうして悪戯っぽい目線を向けるは、いつもよりもちょっと挑戦的だ。

「…受けてたちましょう。何を探せばいいのかな?」

「クリスマスプレゼント。おうちの中に隠したの」

は蔵馬を部屋の中に招き入れた。

小綺麗に片づけられた一人暮らしの部屋に、決して家具などは多くない。

隠し場所となると限られるはずだし…プレゼント自体もそう大きなものではなさそうだと蔵馬は見当をつける。

「まず最初はノーヒントでね。頑張って」

キッチンに立ってコーヒーをいれながら、はそう言ってにっこりと笑う。

「オーケー」

まずはキッチンと対面になっているリビング。

さすがにキッチンは必要な道具が雑多に置かれているから、隠し場所としてはまずまずだろう。

ところが、はさっさとキッチンを離れてリビングのソファにすとんとおさまってしまった。

(…隠す側の心理としては、オレの行動と隠し場所とにかなり神経過敏になると思うんだけど)

キッチンには目もくれず、テレビをつけてみたりして。

(キッチンじゃないのかな?)

だとするとリビング?

けれどは隠し場所どころか、蔵馬の行動にすら気を配る様子がない。

たまにちらりと振り返って、わからないでしょ、などと言って微笑んでみせる。

こうなったら意地でも探し出さなければ、と蔵馬の内心ははやる。

リビングと続き間になっている四畳半ほどの部屋、そこからドアを開けた向こうは寝室と聞いている。

「…ここは?」

一応恋人同士とはいえ、女の子のプライベートな部屋に勝手に踏み込むような真似は彼には到底できない。

「開けてもいいよ」

さらりと許可が下りてしまって、蔵馬はかえって面食らう。

(寝室でもないのかな?)

今度ばかりはちょっと好奇心が勝ったといおうか、蔵馬は遠慮がちにドアを開ける。

広めのベッド、ナイトテーブル、MDのコンポとMD、CDの山、読みかけらしい文庫本。

もう一つ小さなドアがある。

ノブに手をかけようとすると、後ろからがじと、とした目で見つめてくるのに気がついた。

「どうしたの?」

さてはここかな、と思う内心を隠しながら問うと。

「そこは隠し場所じゃないよ」

相も変わらずじっとりとした目線が飛んでくる。

「本当に? ノーヒントじゃなかったっけ」

「ウォークイン・クロゼットなの。気になるんだ…蔵馬のえっち」

「……………」

してやったりといった様子のに、蔵馬は思いっきりため息をついて扉から離れた…



それから家中を右往左往すること30分。

宝物は見つからない。

「ヒントあげよっか?」

さっきから何度目になるか、がにやにやしながら蔵馬にそう聞いた。

“隠そうとしているものを見つけるのが得意”な伝説の妖怪盗賊としてはかなり不本意だったけれど、

蔵馬はため息をついて観念した、というように苦笑する。

「じゃあ聞いておこうかな」

はうふふ、と嬉しそうに笑って。

「自分でラッピングしたの。白いので包んで、リボンかけて。結構悩んだのよ」

「………」

「(にこにこ)」

「…もしかしてそれだけ?」

「そう。頑張ってね」

うーん、とうなる蔵馬。

はそれを見てさも楽しげにくすくすと笑いを漏らす。

「他にヒントはないの?」

ざっと探したところ、ラッピングされたプレゼントらしきものは微塵も見えなかった。

「えーとね…この辺に隠したの」

が指でぐるぐると示したのはリビングのあたり。

ちょうどが座っているソファが中央で、テラスに向かうように配置されている。

その前にローテーブル、その奥の角にテレビ、テラス。

観葉植物の鉢がひとつ(成長が遅いとかで蔵馬がちょっと育ててやったりした)。

細かく見ればカーテンのひだの中だとか、ソファのクッションの陰だとか、細かい隠し場所はありそうだ。

がリビングから動かずにいるのも納得がいく。

そうしてあちこち蔵馬が探しているのを見て、はまたくすくすと笑い続けている。

「…そんなに見当違いな場所を探している? オレは」

「いちばん目立つところなの…

 たぶん蔵馬が、ここのすべてのものの中でいちばん興味を持ってくれているものだと思う」

笑いながら、そうだと嬉しい、とは言う。

そうだと嬉しい?

その言葉に引っかかりを感じて、彼女をまっすぐ見つめる蔵馬。

彼の視線に気づくと、は笑うのをやめて、はにかんだように微笑んだ。

そして、ソファの上で膝を抱えて座り直す。

首を傾げて。

「…どうしたの?」

意味ありげに問うてくる。

蔵馬は部屋の探索をやめた。

の隣に座ると。

「…見つけた。こんなところに」

そう言うと、愛しい恋人の肩を抱き寄せる。

白いワンピース、髪にはリボン。

が悩んで飾ったという、たぶんいちばん蔵馬が欲しかったもの。

たぶんいちばん、が贈るために勇気が必要だったもの。

「ご褒美のキスをください、姫君?」

が怖がることのないように、できる限りの優しい声でそう言った。

は目をぱちぱちとさせると、少しためらってから、そっと蔵馬の唇に自分のそれを重ねた。

から蔵馬にキスをしたのはこれが初めて。

抱き寄せた肩がちいさく震えている。

離れて、また蔵馬を見つめるその目が熱っぽく潤んでいるのがわかった。

「正解だったかな?」

「うん…」

「………ありがとう」

正面からを抱きしめ直すその腕は、それ以上に近づこうとはしなかった。

蔵馬は黙っていたけれど、二人が気持ちを通わせたそのとき、

彼が「時間をかけて仲良くなろうね」と言ってくれたことがふいに思い出されて…の目に涙があふれた。

蔵馬の指が頬を伝う涙を優しく拭ってくれて、優しい口づけを何度も繰り返してくれて。

瞼の上で、その声が「目を閉じて」と囁いたのが聞こえた。

は素直に目を閉じる。

またキスが降りてくるのかと思っていたら、鎖骨のあたりに冷たく硬い感触が触れたのに気づく。

は驚いて目を開けてしまった。

「あ、まだだよ…」

蔵馬の苦笑する顔がすぐそばにあった。

その指が冷たい糸の両端をつまんで、の首の後ろのあたりでそれを合わせた。

「これは、オレからに」

糸と思ったそれは細い銀の鎖で、鎖骨のあたりに飾りが下がっている。

「…蔵馬」

ネックレスのようだけれど、鎖に通されたそれはシンプルなリングだった。

「サイズが合うといいんだけど」

そう言って笑う彼は、少し照れているように見える。

「…ちゃんとした指輪は、また将来、ね」

また涙をあふれさせるの額に、そっとキスをする。

「…ありがと」

涙でかすれかけた声が蔵馬の耳にかろうじて届く。

蔵馬はまた優しく、力強くを抱きしめた。




蔵馬から贈られたリングは、彼の手での左の薬指にはめられた。

「メリークリスマス、

「メリークリスマス…蔵馬」

日はすでに暮れて、鈴の音も聞こえてきそうな今宵…聖夜。

世界中が愛する人を思い、祈りを捧げるその夜に、幸せな恋人たちの距離がまた一歩、近づく。





メリークリスマス、今宵すべての人に。



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