星祭りの夜


七月七日。

心配していた天気だったけれど、薄い雲がかかるのみの綺麗な夕焼けが見られては安堵していた。

夏祭りや花火大会のシーズンに先駆けて、星祭りなるものが街で行われる。

七夕に引っかけた子供中心の祭ではあったが、それなりに地域の大人たちも参加してにぎやかしい祭なのだ。

幻海師範邸に集まった幽助たちは、女性陣の支度が済むのをぼんやりと待ち続けていた。

境内に面した高廊下にいて、幽助と桑原、蔵馬はのんびりと座り込んでいる。

浴衣を着るのだと螢子たちが張り切っていたのだが、何時間待たせる気だと内心のイライラは隠せない幽助だ。

「短冊を書いてつるすんですってね」

星祭りに出るのは初めてという蔵馬が幽助に問うた。

さりげなく矛先をそらされたことに気付かず、幽助はああ、と返事を返す。

「三図野川があんだろ、アレがなんだっけ…」

「天の川だろ。アレに見立ててよ、ぞろぞろ行列作って橋を渡るんだよ」

桑原が横から口を挟む。

「そーそー、ガキどもが提灯ぶら下げてな」

かったりぃ、と幽助はばったり廊下に寝ころんでしまう。

子供の頃から螢子と一緒に参加させられてきたらしいが、口調の割に表情はそれほど嫌そうではない。

そろそろ支度のできた女性陣がそぉっと気配を忍ばせて廊下をやってきたのだが、

耳のいい蔵馬以外のふたりは気付かない。

「七夕ってのはアレだろ、織姫と彦星と…?」

桑原がここまで出かかっているのに、という仕草で頭を抱える。

「天の川を隔てて住んでいる男女が、年に一度…七月七日にだけ逢うことができるんですよ」

「そーそー」

それよ、と桑原は蔵馬を指さした。

「それにしても、ただ星が並んでんのがかたちに見えるってだけで、よくそんな話が出来たもんだぜ」

幽助はさも興味なさそうに言った。

「昔はそれくらい移動手段がなかったわけですから。恋人同士がただ逢うのも一苦労だったんでしょうよ」

わし座のアルタイルとこと座のヴェガという一等星が彦星と織姫にあたるのだと解説を入れて、

蔵馬は座っていた姿勢を崩して息をつき、沈みゆく夕日に目を向ける。

「自分も周りもみんな星だから、遠くにいる相手に自分だけを見てもらうために、

 強く輝こうとしているのかもしれませんね」

「…ロマンチストめ」

幽助と桑原に白い目を向けられて、蔵馬が苦笑する。

それを、廊下の端から気付かれないように女性陣皆が覗き見ている。

螢子と、雪菜にぼたんは浴衣姿で、いつ彼らがこっちに気がつくかと目配せしながら様子を伺って。

夕日を浴びつつ言葉を交わしている彼らは、戦っているときの姿とはかけ離れた穏やかな印象だ。

かすかに聞こえてくる会話の内容と、整った蔵馬の横顔とにただ気を取られてしまう。

がやっと蔵馬の恋人に昇格できたのはいいのだが、

引っ込み思案が過ぎるあまり遠慮気味であることだけが螢子たち他の三人が気にかけていることであった。

今日は絶対チャンスだよと、浴衣を着付けてもらいながらは何度言い含められたか知れない。

(相手に自分だけを見てもらうために、強く輝こうと…かぁ…)

蔵馬の目を自分だけにとどめておく方法なんてにはちっとも思いつかない。

一応名目上は自分が蔵馬の恋人ではあっても、それだけの魅力があるなんてとても思えなくて。

たとえば螢子にしてもぼたんにしても雪菜にしても、みんな可愛らしくて女の子らしいところもあって。

自分にそれにかなうだけの何かがあるなんてとても思えないだ。

そもそも、誰かと比べて…なんて考え方をしてしまう自分に気が滅入る。

一方の蔵馬は、星にたとえるならやっぱり一等星だろう。

ファンの女の子が絶えないくらいだし、何より自身がその輝きに魅入られているひとりなのだから。

星祭りの始まる前から何となく沈みがちなを元気づけるべく…だろうか、

ぼたんの景気のいい「じゃんじゃじゃーん☆」なんて一声から、浴衣姿のお披露目が始まった。

「さんっざん待たせやがって、オメーら…」

「ちょっとくらい大目に見なさいよ。せっかく浴衣着てるんだからなにか言ったら?」

螢子に切り返されて言葉を詰まらせる幽助。

平気な顔をして可愛いよとか似合うよとか、そんな言葉を言うにはまだ遠い。

ぼそりと馬子にも衣装、なんてお決まりのセリフを吐いて螢子と口喧嘩になり、

ぼたんがそれを見て大笑いしている。

対して桑原はもう雪菜しか目に入っていない様子で、

もう目の中にハートマークでも浮かんでいるんじゃないかというほどだ。

だが当の雪菜は桑原の言う意図の半分も理解できていなかったりする、いつまでもどこまでもすれ違いだ。

周囲のノリに置いて行かれたようには立ち尽くしていたが、

蔵馬がじっとを見上げているのに気付いて恥ずかしそうに俯いた。

「可愛い」

蔵馬はてらいなくにっこりとそう言った。

白地にとりどりの花模様、蝶の舞う浴衣。

髪はまとめてピンなどで留められていて、耳朶にイヤリングが揺れている。

普段はあまり飾り気のないが薄く化粧までしているのを見て、蔵馬は嬉しそうに目を細める。

「待った甲斐があったかな」

蔵馬の言葉を聞いて、

なんでああいう言葉が出ないのと幽助は螢子にとどめを食らってしまった。

「蔵馬が特別なんだよ!!」

「そうかな? 普通だと思うんだけど…」

結局幽助は蔵馬に女性には言葉を惜しんじゃいけないよと諭される始末だ。

星祭りを終えて幻海邸へ戻ってきたらスイカと花火、とうきうきした様子で、

一同は街へと降りていった。



会場に着いた頃には日はすっかり沈んであたりは薄暗くなっていた。

会場は大勢の人で賑わっていて、友人たちの輪からはぐれることも難しくはないだろう。

配られている提灯とろうそくをふたつずつ受け取って、幽助が煙草用に持っていたライターで火をつけた。

見るもの全てが初めての雪菜が物珍しそうに提灯を眺めているのが微笑ましくて、

提灯は桑原と雪菜とがひとつずつ持つことになった。

いつの間に始まったのか、合図があったのかどうかも定かではないが、

人々の群は少しずつ川へ向かって動き始めている。

流れに任せながら皆もゆっくりと歩き始めた。

「…すごい人だね」

ふいに、蔵馬の声が耳元で響いた。

耳元で囁かれたわけでもないのに、の耳ははっきりと蔵馬の声だけをとらえていた。

「…歩きづらくない?」

「へ、平気…」

いつになくぎこちない会話だが、他の誰の耳にも届いていないに違いない。

しばらく途切れてしまう会話に、ただ気まずくては俯いた。

人々の喧噪に混じって、からころと転がる下駄の音。

提灯の明かりがまばらに続いている。

川まではまだ少し距離があって、橋を渡ったその向こうの広い土手に笹が用意されているらしい。

辿り着いたら、短冊に願いを込めて笹に結びつける。

毎年行われるこの祭で、どれだけの願い事が祈られてきたのだろうか。

足元を見つめながらはひたすら歩いた。

風に翻る浴衣の裾を気にかけながら、どこかがむしゃらなまでに俯いたまま視線を上げることもなく。

蔵馬が隣にいて、を気にかけていることが痛いほど伝わってくる。

なにか楽しい会話のきっかけになることでも言えればいい。

けれどどうにもそれが上手くいかなくて、恋人といいながらその仲はどこまでも遠くてぎこちない。

これではせっかく蔵馬がいいよと言ってくれたのに、簡単に嫌われてしまう。

焦りながらどうすることもできなくて、はまた焦ってしまうのだ。

浴衣と揃いの柄の巾着を両の手で握りしめる。

情けなくて涙が出そうだった。

ふと、蔵馬の手が横から伸びてきて、の手を取った。

驚いて顔を上げると、蔵馬は一歩先に立つとそのままの手を引いて歩く。

斜め後ろからでは、彼がどんな顔をしているのかはよくわからない。

「蔵馬…」

言いかけたのを遮るように、はぐれたらいけないからと蔵馬は少し乾いたような声で言った。

が何も答えないのが気にかかったようで、少し気まずそうな表情で肩越しに振り向いた。

「…誰も見てないから」

大丈夫だよ。

照れ屋のは人前でそれらしい振る舞いをされるのを嫌がるようだったから、

蔵馬は蔵馬なりに遠慮をしていた。

どうかすると手を繋ぐことすら拒否されるのだから。

キスなんて以ての外だ。

今は人混みの中にいて、少し先を歩く幽助たちの声も聞こえなくて、

きっと手を繋いでいることすらわからないに違いない。

今だけでもいいからという蔵馬の願いが七夕の夜に通じたのか、

は恥ずかしそうにしながらも彼の手を振り払おうとはしなかった。

空には満天の星。

夕方頃には薄くかかっていた雲も、今はどこかに行ってしまったようだ。

「…あ…川だ」

蔵馬が呟いたのにも目を上げる。

橋の欄干が見えた。

もうすぐ祭も終わりだ。

「…一年間離れていた恋人にたった一日逢えるって時に、織姫と彦星はどんな気持ちで橋を渡ったんだろうね…」

蔵馬がぽつりとそう言った。

多くの星が居並ぶ天の川に鵲が橋をかける。

星たちの輝きが入り交じるその場所でも、愛する恋人がやはりいちばん輝いて見えるのだろうか。

一年間でひらいた距離もものともせずに、即座に恋人の姿を見つけるのだろうか。

いつでも会える距離にいる自分と蔵馬は、それでも気持ちがそばにいるなんてとても思えなくて。

片想いしているときと、の気持ちはあまり変わりないようにすら思えた。

自分には持っているものなんて何もないのに、この人を自分だけのものにしておきたい──なんて、

幼稚な独占欲だけは一人前に募っていって。

(それでも、蔵馬…)

彼に見合うだけの女の子でいられている自信はない。

それでも、蔵馬は、自分のことを恋人だと言って好きになってくれているんだろうか?

同情なんかじゃないと信じたかった。

先に橋を渡ってしまったらしい幽助たちが、人混みの中から蔵馬を見つけだして手を振った。

蔵馬もそれに片手を上げて合図をしながら、と繋いでいたもう一方の手を、離した。

きっと、みんなの前でそうするのはが嫌がるだろうと思ったのだ。

橋を渡ってきた蔵馬を見て、皆が顔を見合わせた。

「おい、蔵馬…はどこ行ったんだよ」

え、と蔵馬は振り返って青ざめた。

の姿がどこにもない。

「はぐれたんか?」

「えーちょっと…すごい人だよ? 探すのも一苦労じゃないか」

桑原とぼたんの言葉を背に聞きながら、たった一分そこそこ前だ、

の手を離したことを蔵馬は悔いた。

「…探してくる」

先に行ってて、と言うなり蔵馬は人の流れを逆流して橋を戻っていった。

人混みにまた紛れていく蔵馬を見送りながら、残された五人は心配そうに目を見合わせた。



の様子が何となくおかしいのは照れているせいだといつも思っていた。

特に今日は浴衣なんて着て、化粧をしたりもして。

いつもと違う姿を見て、やっぱり心底から嬉しくて、を愛おしいと思う自分に気付かされた。

それを、ちゃんと言葉にしてはっきりと伝えるべきだったのか?

みんなが周りにいて聞いているなんて、そんなこと気にもかけずに。

たとえが嫌がってもそうするべきだったのだろうか。

自問しながら、蔵馬はを探して行列の流れに逆らい早足で歩いた。

大勢の人の中に浴衣姿の女性もたくさんいる。

けれど自分がを見落とす、見間違えるなんてあり得ない。

特別なたったひとりの、蔵馬の恋人だ。

手を離すんじゃなかった。

が照れて嫌がっても、ずっと手を繋いだままでいればよかった。

津波のように後悔が押し寄せる。

たまらずに叫んだ。

! どこだ!!」

周囲の人の目が蔵馬に集まるがそれどころではなかった。

「返事をしろ! !!」

ざわざわと流れる人のあいだに立ち尽くしたまま、蔵馬は辺りをうかがった。

はきっとなにか言いたかったはずだ、言いたくて言えなくて。

蔵馬も気付いてやれなかった。

だから、離れていったのだ。

それがの意志でも関係ない、蔵馬は離れたいなんて思っていない。

……!」

もう一度呼ぶと、それにこたえるように泣き声がかすかに蔵馬を呼んだのが聞こえた。

普通なら喧噪に混じって聞き取れないだろう声も、蔵馬の耳にはちゃんと届く。

声のするほうに走った。

人々はもうすでにほとんど橋を渡り終えて向こう岸の土手に降りている。

は橋から少し離れたところにある公園で、ベンチに座ってひとりで泣いていた。

…!!」

そばに駆け寄ると、は濡れた目で怯えたように蔵馬を見上げる。

「………この、ばか! なにをしてたんだ!!」

思わず怒鳴ってしまってから、蔵馬ははっとしたように口をつぐんだ。

は驚いてびくりと身体を震わせたあとで、俯いて蚊の鳴くような声で呟いた。

「…ごめんなさい」

「…ともかく、…よかった」

はぁ、と息をついて、蔵馬はに手を差し出した。

「行こう、みんな待ってるよ…もう橋の向こうにいる」

は差し出された手を見つめて、やがて迷ったように視線を彷徨わせる。

「蔵馬…わざわざ戻ってきてくれたの?」

「え?」

「橋を渡ったあとだったのに、探しに来てくれたの…?」

「当たり前だろう」

蔵馬は諦めて手を引っ込めると、のとなりに座った。

が何を言いたいのか、今度こそは気付かなくてはいけない。

蔵馬は黙っての言葉が続くのを待った。

先程まで重かった沈黙も今はつらくはなかった。

涼しい夜風が二人のあいだを吹きすぎてゆく。

蔵馬の髪をさらりと揺らした。

「…蔵馬は」

「うん」

「私のこと、ちゃんと見つけてくれたんだね…」

「…どういうこと?」

は浅く唇を噛んで俯いた。

「私…特別可愛くもないし…話が上手なわけでもないし」

いきなりそんな言葉が飛び出て、蔵馬は目を丸くした。

これまでの話の流れになんの関連があるのか?

「一緒に戦えるわけでもないし…いいところなんてないのに」

そんなことはないと即座に否定したかったが、の言葉を遮ってはいけない気がした。

のいいところをいくらでも言って聞かせるのはあとからゆっくりでもきっと遅くない。

「いっぱい人がいて、その中に混じってたら私なんて特別なところのないただの人だもん…

 蔵馬だって見つけられないかもって…思って…」

言いながら、声色に少しずつ涙声が混じった。

がそんなことを思っていたなんてと感じ入る裏で、蔵馬は先程自分が言った言葉を思い出した。

今日は七夕、離れていた恋人同士がお互いを隔てる川に架けられた橋を渡る。

年に一度の逢瀬が叶う日。

相手に自分だけを見てもらうためにより強く輝こうとしているのかもしれない、恋人たちの星。

手が離れた瞬間にはきっと願いをかけたのだ。

多くの人に混じっていても、特別な輝きがない自分でも、どうか見つけて…と。

「…はオレにとっては特別な…大事な人だよ」

「……蔵馬」

「人混みに混じっていても、隠れようとしても…絶対に見つける」

ふと上げた目線が蔵馬の真剣な目線と絡まって、はまた泣きたい気持ちになる。

「…離れていかないで…不安なのは、オレも同じだから」

思ってもみないセリフを告げられて、はぱちくりと目を見開いた。

「…そばにいたいんだよ。」

絡んだ目線をそらしてから、蔵馬はかすれた声でそう言った。

蔵馬がたった一言そう言っただけで、はもう全て救われたような気持ちになってしまった。

気が抜けて、安心した途端にまた涙があふれてくる。

「……、泣かないで」

蔵馬の指がそっと、羽根をつまむような優しい仕草での涙を拭った。

その指がそのまま、の髪を撫でる。

綺麗にピンで整えたのを壊さないように優しくさりげなく。

そばにいてどきどきして、言葉にならないくらいだったものが、その指先ひとつで溶かされてしまう。

そうしながら、蔵馬は何か考え込むように一瞬足元に目線を落とすと。

まだ泣き続けるの頬に、そっと口づける。

一瞬で真っ赤になって狼狽えるから少し離れて、安心させるように微笑んだ。

「ほら、せっかく綺麗にしたんだから。笑って」

蔵馬がにっこりするのにつられるように、もちょっとだけ微笑むことができた。

「…落ち着いたら、戻ろう? みんな待ってるし…」

願い事の短冊を飾らなくちゃと蔵馬は言った。

しばらくそこにいてが泣きやむのを待ってから、蔵馬ととはふたりだけでゆっくりと、

先程も歩いた道を川に向かって進んだ。

やがて橋の欄干が見え、その向こうに笹が立てられているのが見える。

とりどりの短冊が取り付けられたそれがそよそよと風に揺らされて、

そのそばにはまだ多くの人が残っているようだ。

幽助たちがどこにいるのかにはよくわからないが、大きな霊気の集まりだからすぐわかると蔵馬はにっこりしてみせた。

二人で橋を渡る。

さっき離したの手を、今蔵馬はしっかりと握りしめて離そうとしない。

の姿が見えなくなって、一度渡った橋を引き返して蔵馬はを探しに戻った。

思い返して蔵馬は考えた…後悔と、謝罪と、とにかく早く、逢いたい、という気持ち。

一年ぶりに恋人に逢えるその日、焦る気持ちを押さえつけて橋を渡りながら、

彦星もそんなことを思ったのかな…などと。

慣れない下駄で歩くを気遣って土手の坂にある石段を降り、

いちばん手近な笹に短冊を結ぼうとする。

「…なんて書いたの?」

に聞いてみると、やだ、見ないでと短冊を隠されてしまった。

「蔵馬はなんて書いたの?」

に逆にそう聞かれて、蔵馬は困ったように笑うと、なにも、と答えた。

「なにもって?」

「白紙ってこと」

「…願い事、ないの?」

「…大体の願い事は叶っているから」

背の高い笹を見上げる蔵馬。

「願いがもうないってわけでもないけど…言葉にしたら言葉にした分だけかな、とも思って」

今の平穏、幸せが続くようにと、漠然とした願いを込めて、あえてなにも書かなかったのだという。

蔵馬の目の高さで風に翻る短冊は、たしかに裏も表もなにも書かれていない。

「…もちろん、君のことも含めて、ね」

目線で短冊を示しながら、蔵馬はちょっと照れたように微笑んだ。

幽助たちが蔵馬の妖気を頼りにふたりを見つけて近寄ってきた。

蔵馬が幽助たちのほうを向いた隙に、はささっと短冊を結びつけてしまう。

そして、まるで何事もなかったようにまたみんなで一緒に幻海邸へ戻る道を歩いた。

下駄がからころと音をたてて、それがなかなかの風情だ。

少しよろよろとしながら、は隣を歩く蔵馬の腕にしがみついた。

「…?」

「あの、手、つなご!」

精一杯一生懸命、は蔵馬にそう言ってみた。

蔵馬は数瞬ぽかんとしていたが、いつものように微笑むと喜んで、との手を取った。

ふたりの先を歩く幽助たちはちらちらと彼らを気にしていたが、

自分たちが見ていないあいだになにか上手くいったらしいと目配せをする。

七月七日、晴れた星空の下。

いくつもの輝きにまぎれていても、愛する人だけは必ず見つけだしてみせる。


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参考:「星と伝説」/野尻抱影 著
   ウェブサイト「星の神殿 by Apollon」様
    (シナリオ「ミューズの微笑」制作時にもお世話になりました…)