十二月生まれのあなたへ


「そういえば。は十二月生まれだったね」

蔵馬は今気がついたというように、ふいにそんな言葉を口にする。

本当はずっと前から知っていて、今思い出したわけでもないくせに。

「へー。じゃあパーティーやろうぜ! クリスマスも兼ねてよ」

幽助がそう言ったのをきっかけに、皆が年末のパーティーの計画へのめり込む。

楽しそうな一同をよそに、当の本人は複雑な表情だ。

蔵馬はちゃんとそれに気づいて、皆に聞こえないようにそっと尋ねてくれる。

「…? どうかした?」

「ううん、別に」

祝ってくれるというのだから、不機嫌そうな顔などしてはいけない。

はそう思い直して、できる限り自然な笑みを浮かべたつもりだったのだが。

「あんまり嬉しくない…って、顔に書いてあるなぁ…」

「か、書いてないっ!!」

あわてて顔をごしごしとこするに、蔵馬は苦笑して。

「誕生日を嫌がる年齢じゃないでしょう?」

もっともオレくらい長く生きれば、自分の正確な年齢なんて気にも留めなくなるけれど、と付け足す。

千年を生きた狐は今は学生服に身を包む高校生だ。

そりゃ、年齢なんか気にするどころの話ではない。

「…そうじゃなくって」

は息をついた。

そうしてわいわいとパーティーの計画を立てている皆をちらりと見やる。

お祭り騒ぎの好きな彼らは、口実はなんでもいいから騒ぎたいというのが本音。

それでなくても十二月にもなれば街中がクリスマスソングを口ずさみ、イルミネーションが夜に輝く。

気持ちが盛り上がらないはずがない。

計画がまとまらないままで帰れないという桑原や螢子を幽助の家に残し、

蔵馬とは並んで夜の帰り道を歩いていた。

「これはね、十二月生まれの宿命なの」

「なにが?」

蔵馬はきょとんとする。

「私、生まれてこの方、一度も自分の誕生日だけを祝ってもらったことなんかないの」

ケーキはひとつ。

プレゼントもひとつ。

決まり文句はふたつ。

「『誕生日おめでとう』と『メリークリスマス』か」

なるほどと蔵馬はちょっと苦笑い。

「…別にね、ケーキとプレゼントをそれぞれ一個ずつ欲しいっていうんじゃないの。ただ、なんとなく」

世界規模のお祭りのついでのような「自分の生まれた日」が、ひどくみすぼらしく思えてしまう。

「諦めてるけどね。大体、神様の生まれた日と女の子ひとりの生まれた日が対等なわけがないわ」

諦めてると言いつつも、拗ねたようにそっぽを向いてしまったは傷ついているようだ。

しきりに遠慮するを家まで送り届けたあと、蔵馬はひとり「ふむ」と考えに至る…



だから、クリスマスはあまり嬉しくないこともある。

そう思うの部屋にも、ちいさなテーブル・ツリーが飾られている。

別にキリスト教徒であるわけでもイベントに敏感なたちでもないのに、女の性だろうか。

ふらりと立ち寄った雑貨屋で見つけた、銀のワイヤーを巻いたツリーに一目惚れしてしまったのだ。

プラスチック・クリスタルの星を指でつついてはため息。

そこに、玄関のチャイムが来客を告げる。

? オレだよ」

「蔵馬!?」

誕生日とクリスマスの関連を愚痴ったあの日からたった一日。

つまりは次の日だ。

約束もしていなかったけれど、彼は紙袋になにやらいろいろ詰め込んで、の部屋を訪れた。

「ごめんね、連絡もしないで」

「ううん、いいけど…どうしたの?」

問うと、蔵馬は答えずににっこりと笑って見せた。

お邪魔しますとひとこと言うと、慣れた様子で部屋の中へ入っていく。

「あれー、ダメじゃない、

「ダメって、なにが?」

「これ」

指さした先には小さなクリスマスツリー。

「ああ、それ…雑貨屋さんで気に入って買ったの」

「手伝ってくれる?」

かみ合わない問いを投げかけられ、は首を傾げる。

の誕生日するから。ツリーはいらない」

片づけて、と指示すると、ぽかんと呆けるを気にせずキッチンに立つ。

「…なにするの?」

ツリーを箱にしまいながら、はそろりと聞いてみる。

蔵馬は振り返らずに、紙袋の中から荷物をぽいぽい取りだして。

「だから、の誕生日祝いだよ。唐突で申し訳ないけど」

生クリームのパック。

大粒のいちご(高そう!)。

デコレーション用のチョコレート。

「…今日はの誕生日だけをお祝いするから。神様のバースディを祝う義理はないし」

微塵も信仰心を感じられない言葉が飛び出した。

「キッチンを借りるよ。あと材料も少し。ケーキを作るから」

「ケーキって、うちオーブンないよ?」

「オーブンを使わなくてもケーキは作れるよ」

心配御無用、と笑って見せるその手には。

「ホットケーキミックス??」

「そう。まぁ、騙されたと思って」

話しながらも作業に移る。

男の人がキッチンに立つ姿を、は初めて見た。

卵を割るくらいは不器用だったり不慣れだったりする男性にだってできることだろうけれど、

それが蔵馬の手だと妙に鮮やかな手つきに見えてくるから不思議だ。

、泡立て器出して。あといちごを洗ってへたを取って、半分はスライスする」

「…はい」

まるで小学生の調理実習だ。

蔵馬があんまり手慣れた様子で作業を進めるものだから、

一人暮らしで毎日自炊のはずの自分がその横に立つのが恥ずかしく思えてきてしまう。

「料理好きなの…?」

「好きなわけじゃないかな…ま、人並みにはできると思ってるけど」

母親が再婚するまでは蔵馬が夕食を作ることだってあったのだから、慣れていてもおかしくはない。

それにしても夕食づくりを請け負う過程でケーキの作り方を覚えられるとは思えない。

(それも、オーブンを使わないなんて??)

「ホットケーキを作るの?」

「ホットケーキの材料でケーキを作るんだよ。ほら、包丁気をつけて…」

は子どもに戻ったような気持ちで何となくいたたまれない。

小さないちごを指先で押さえながらスライスしていく。

「…なんか、所帯じみてない…?」

「オレとしては願ったりだけど?

 それにしても所帯じみてというより、新婚さんみたいとかいう言葉を期待してたんだけどなぁ」

キッチンに並んで立って料理をするなんて、まるで本当に。

は赤くなって苦い表情を浮かべ、やぶへびだったわと内心で思い返す。

けれど、それに嫌な思いなんかするわけがない。

の様子を横目で眺めて、蔵馬はクスクスと笑いを漏らした。

ホットケーキミックスは念入りにかき混ぜられて。

いちごは半分はスライス、半分はあとから純白のクリームの上を彩るだろう。

「じゃ、これ借りるよ」

ケーキの種が入ったボウルを抱えた蔵馬が示したものを見て、はリアクションも忘れて目をしばたたいた。

「…炊飯器」

「そう。借りるよー」

せいぜい二人暮らし用サイズのそれをぱか、と開けると、

空っぽだったそこにどくどくとホットケーキミックスを流し込む。

ボタンを押して、早炊き指定。

「…じゃ、できあがるまでお茶でも飲もうか?」

振り返った蔵馬は満面の笑みだけれど、にはどうもその行動が読めなかった。

キッチンでお茶を入れると、ケーキが炊きあがる(?)までの間、二人はリビングのソファにおさまった。

「炊飯器でケーキができるの?」

はまだ半信半疑だ。

「できるよ、普通のスポンジのようにはいかないけどね」

豆知識でしょう、と蔵馬はにっこりしてみせる。

はまだよくわからないといった様子で、それでもうんうんと頷いた。

温かな紅茶のカップに口をつける。

「…今の時期はさ、店にはクリスマスのためのケーキばかり並んでいるから」

蔵馬は少し俯き加減の目線のまま、そう呟いた。

の誕生日だけをお祝いしよう、って思ったら…こういう手作りもいいかなって」

照れたように微笑んで、ちゃんとしたケーキのほうがよかったかな? なんて言う蔵馬がただ愛おしくて。

目頭がじんと熱くなってきたのは、紅茶の湯気のせいだけじゃないはずだ。

「……ありがと」

ちょっと拗ねてみただけの、くだらないわがままを聞いてくれて。

「嬉しいよ、蔵馬…」

は真っ直ぐに蔵馬を見つめて微笑んだ。

蔵馬も少しほっとした様子で笑みを浮かべる。

穏やかな空気が二人の間に流れて、やがて距離が縮まり、唇が重なろうというその瞬間。

ピーーーーー、と炊飯器が無遠慮な電子音を鳴らす。

「「……………」」

ふたりはナイスタイミングに目を見合わせるばかりだ。

どちらからともなくクスクスと笑いだす。

「…キスはおあずけか。まったく、いいところで」

「ホント」

「じゃあ、続きはあとで」

と、意味ありげな微笑を残して、蔵馬はまたキッチンに立つ。

炊飯器を開けると、紛れもないホットケーキのにおいがキッチン中に立ちこめた。

「…ホットケーキのにおいだね…」

幼い頃のおやつの時間などが懐かしく思い出された。

炊きあがったケーキを二段に切り分けて冷ますあいだ、今度は生クリームを泡立てる。

腕が疲れてくると泡立てる役を交代して、しょっちゅう指ですくい上げては味見して。

そう、一日中蔵馬と一緒にいたら、こんな感じなのだろうか。

…たとえば、蔵馬と一緒に暮らしたら。

(結婚したら、とか…?)

ひとりで曖昧な、けれど幸せな未来を空想して、は口元に笑みを描く。

「どうかした?」

当の本人はかなりかたく泡立てられたクリームとまだ格闘しながら、そんなことを聞いてくる。

「ううん、なんでも。今、幸せだなって思って」

「なんだ、突然だな」

蔵馬は一瞬ちょっと目を丸くしたが、すぐに柔らかく微笑んだ。

「それはオレも一緒だよ」

「…うん」

はまた幸せそうな笑みを浮かべると、頭ひとつ分背の高い蔵馬の頬に手を当てて。

蔵馬はの言いたいことをすぐに察して…背伸びをするの唇に、優しくキスを落とした。

「誕生日おめでとう、

すぐそばで蔵馬はを慈しむような笑みを浮かべて、静かにそう言ってくれた。

「…ありがとう」

神様の誕生日に感じなくていい引け目を感じて、素直にありがとうと言えないこともあったけれど、今は違う。

蔵馬はの誕生日を祝うためだけに、今日はそばにいてくれているのだ。

冷めたケーキにたっぷりのクリームをのせてのばして、いちごとチョコレートでデコレーション。

あまったクリームも絞り袋に詰め込んで、くるりと絞っていった。

その手際はやっぱりこの上なく器用で、は感心させられるばかり。

「はい、完成」

(炊飯器の都合で)サイズこそ小さめなものの、そこにあるのは確かにケーキだ。

「できたでしょ、炊飯器でケーキ」

目をキラキラさせてケーキに見入るに、蔵馬はちょっと得意げにそう言ってみせる。

「うん、すごい! ケーキだぁ…」

「早速切ろうか」

蔵馬がナイフを出すより早く。

「ダメ、ちょっと待って…! 携帯携帯」

リビングのテーブルの上に放って置いた携帯電話を持ち出すと、ぱちりと一枚写真におさめる。

「見て見て、ほら」

「…写真に撮ってどうするの」

「だって食べちゃったらなくなるでしょ、せっかく蔵馬が作ってくれたのにもったいないもん」

ディスプレイを満足げに覗き込むを見て、蔵馬もそれを見守るように微笑む。

「嬉しい、いちばん幸せな誕生日だよ、蔵馬」

「…それはよかった」

隙あらばクリスマスソングを流すテレビは消してしまって。

街のネオンもカーテンを引いて遮ってしまおう。

今、そこにいるのはお互いしか目に入らない幸せな恋人達。

まるで楽園のようなその光景に、そっちのけにされた神様もどこかで拗ねているかも…しれない。



■■■ 雪花から十二月生まれのあなたへ ■■■

蔵馬とお料理って楽しそうですよね♪
雪花と当サイトの蔵馬より、
十二月生まれのあなたへ贈り物です。
ともにプレゼントにお持ち帰りください。

よいお誕生日、素敵な一年となりますように。

雪花より。



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