十一月生まれのあなたへ


「冬は好きじゃないの」と言ったら、彼がきょとんとした目で私を見た。

「どうして? の生まれた季節なのに」

優しい微笑みを返す彼は、拗ねた私をさとすよう。

恋人が一緒にいて祝ってくれる誕生日は、これが初めて。

一緒に並んで歩く街は白い直射日光がさしているというのにきんと冷えていて、

ちらちらと細かな雪が降っている。

「だって、寒いし、それに…」

口ごもると、彼は首を傾げるように私の顔を覗き込んでくる。

赤い長い髪が、さらっと流れた。

「子供の頃にね…大雪の日に、猫が捨てられていて」

「猫?」

そう、と頷いてみせる。

「家まで連れていったら、飼えないから元の場所に戻してこいって言われて」

雪は次の日の朝までずっとずっと降り続けていた。

小さな子猫が寒空の下でどうなったかなんて、想像するのも怖かった。

「そう、それで…」

彼は納得したように頷いて、黙って頭を撫でてきた。

「…オレは、冬は好きだな」

「蔵馬もまぁまぁ冬生まれだもんね」

「それだけじゃなくてさ」

「? じゃあ、どうして?」

少し背の高い蔵馬を、見上げながら聞いてみる。

蔵馬はよくぞ聞いてくれました、というような顔でにっこり笑った。

「それはもちろん、愛しいの生まれた季節だし」

私の頬にぽっと朱がともるのをちゃんと見届けて。

「そういえば…みんなもお祝いしてくれるって言って、幻海師範のところに集まっているんだけど」

「えっ?」

「冬嫌いを克服していただきましょうか」

「え???」

ちんぷんかんぷんで事情が飲み込めない私に有無を言わさず、

蔵馬はぐいぐいと私を引っ張って幻海邸へと向かった…。



「おー! 来たな、今日の主役が」

幽助がいち早く蔵馬と私の姿を認めて声を張り上げた。

その声に、お寺の中から桑原くんと螢子ちゃん、雪菜ちゃん、ぼたんちゃんが顔を出す。

幽助は待ってましたというように大宣言。

「やるぜ! 第一回王者決定雪合戦んーーーーーーーー!!!」

「えーーー!!?」

「なんだよ、主役がそんな非難がましい声あげんなよなー」

幽助はぐちぐち呟いた。

「冬嫌いなんですって。せっかく自分の生まれた季節だからね。これを機に冬を好きになってもらわないと」

蔵馬が付け足すと、雪菜ちゃんに目線で合図をする。

「はい、じゃあ、行きますね」

雪菜ちゃんは氷女…雪女で、冷気を操ることができると聞いたことがある。

彼女のまわりからすぅっと空気が冷たくなって、やがてちらちらと降っていた雪が少しずつ強くなって、

ものすごい勢いで積もり始めた。

「これくらいでどうでしょう?」

雪菜ちゃんがみんなに問いかけると、桑原くんがまず「最高ッス…!!」と彼女の手を取ろうとする。

そこにすかさず幽助がひじ打ちを食らわせて、「やめろ、雪が溶ける」なんて突っ込みを入れる。

ナイスコンビネーションに私たちは笑うばかりだけれど、当の雪菜ちゃん本人はよくわかってないみたい。

ほとんど蔵馬に引きずられるようにして白一色の境内に立つ。

まずは男の子チームと女の子チームに分かれることに決めると、

幽助が早速他ふたりを抱き込んで作戦会議を始めた。

私たちは一応ハンデということで、人数がひとり多いことを見逃してもらう。

雪合戦をやったことがないという私と雪菜ちゃんとぼたんちゃんに、螢子ちゃんはひとり唖然とする。

「ルールはたぶん、幽助が昔やってたのと同じだと思うんだけど…」

螢子ちゃんの説明によると。

最初に雪玉をあちこちに作って用意しておく。

雪玉を敵チームのひとりに当てるごとに、自チームに点数が入る。

用意していた雪玉がなくなった時点で、点数の多い方のチームが勝ち。

雪玉がいくつ当たったら退場とか、そういうルールはなし。

「で、勝ったチームは負けたチームになんでも言うことを聞いてもらえるっていう…」

そこを聞いた途端に身震いしてしまう。

「ど、どうしたんだい、ちゃん?」

「そのルール、すっごい気になる…」

作戦会議中の男の子チームをちらっと見やると、蔵馬とばっちり目が合ってしまった。

恐いくらい害のない笑みを浮かべる蔵馬に、今の会話が筒抜けだったことにやっと気づく。

彼の聴力を忘れてはいけなかったのだ。

「蔵馬が恐いぃ…」

「蔵馬がちゃん相手に本気になるわけないじゃないかー」

ぼたんちゃんのフォローを思いっきり否定する。

「今のルールを聞いたあとなら、絶対勝とうとするもん…」

今度は女の子チームみんなで男の子チームのほうを覗き見ると、蔵馬は知らん顔で幽助の話を聞いている。

なんて隙のない! と憤慨してもどうにもならない。

こっちの視線に気づいた幽助が、そろそろ始めるか、と作戦会議を切り上げた。

みんなで雪玉を作ってあちこちに配置したあと、プーちゃんに合図係を頼んでチームごとに分かれる。

人数が多かろうと圧倒的に不利なのは私たちのチームのはず。

でも、男の子チームの様子を見た限りでは手加減するつもりはなさそうだった。

「プーーーーーーーーーー!!」

プーちゃんの声を合図に、みんなは一斉に雪玉に飛びついた。

「おらぁっ、くらえ! 螢子!!」

「やったわねぇっ!!?」

幽助は一番最初に螢子ちゃんめがけて玉を投げたけれど、螢子ちゃんはそれを紙一重でよける。

そこだけ見ればすでに一対一の対決のようになっているけれど、

ぼたんちゃんが隙を見てちゃっかり幽助に雪玉をぶつける。

「やったー! 幽助から一点ー♪」

「ぼたん、コラァーーーーーーー!!」

幽助は今度はぼたんちゃんを追いかけ始めた。

ぼたんちゃんはきゃーと悲鳴を上げながら、慣れない雪の床の上を走って逃げる。

桑原くんはぶつけるつもりのない雪玉を持って、ひたすら雪菜ちゃんを追いかけていた。

「雪菜すわーーーん!! ぶつけちゃいますよーーーーー!!」

と言って構えてみせると、雪菜ちゃんが「きゃあ」、と小さな悲鳴を上げた。

それを聞いては「冗談ッスよ〜」なんてにやにや笑ってまた追いかけっこがエンドレスで始まるので、

簡単に背中ががら空きになってしまっている。

それを見て私と螢子ちゃんがどかどかと雪玉をぶつけたので、

女の子チームは桑原くんひとりから十点はもらってしまった。

そうやってどかどかやっている私と螢子ちゃんにももちろん隙ができてしまっていて、

蔵馬が痛くないようにちゃんと加減して投げた雪玉がひとつずつ背中に当たった。

男の子達が本気を出して雪玉を投げたら、私たちは簡単に気絶することだってできただろう。

人数でハンデをもらった上に、手加減なしとは言いつつもものすごく手を抜いてもらっているはずだった。

「えい!」

桑原くんを螢子ちゃんにまかせておいて、私は蔵馬に向き直って雪玉をひとつ投げてみる。

蔵馬が避けきれないわけがないのに、頭の当たりにかざした腕に雪玉が命中する。

「もう! 手加減してるでしょ!!」

「当然」

蔵馬は悪びれなく笑ってみせる。

「本気を出したら困るのはそっち、でしょっ」

と言いつつ、さっきより強い玉が飛んでくる。

「きゃあ!」

避けるのに精一杯。

しゃがみ込んだ私に、また雪玉が飛んでくる。

「ちょっと!!」

「ほら。手加減しないと怒るものね」

「もーーーー!!」

あははと声を上げて笑う蔵馬。

「…楽しいでしょ?」

唐突に問われる。

「え?」

「冬にもいいところ、あるじゃない」

嫌いなはずの冬、その風物詩に、自然と笑いがこぼれている自分にそのとき気づいた。

「ね?」

「…うん」

今度は満面の笑みを返すことができる。

それを見て満足そうに笑った蔵馬に、ものすごい量の雪が背中からどわっと襲う。

「コラ蔵馬ァーーーーーー!! 敵チームと仲良くしてんじゃねーぞ!! 負けてんだからな、オレら!!」

さっきの雪は、結構真剣に叫んでいる幽助が思いっきり地面の雪を蹴り飛ばしたものらしい。

真っ白になったコートを手で払いながら、蔵馬はやれやれと苦笑して。

「じゃ、容赦しません」

私がひくついたのをもちろん見逃してなんかくれない。

「勝ったら言うこと聞いてもらえるんだっけ。なにがなんでも逆転しないと…ね」

もう雪合戦はルールなんか無視して進んでいる状態なのに、

勝ったら言うことを聞いてもらえるという部分だけは有効らしかった。

蔵馬が新しく雪玉を作る隙に少しでも遠くへ逃げようと走る。

どれだけ距離があいても、蔵馬がちょっと本気を出したら簡単に私に届いてしまうだろうけど。

背後から飛んできた雪玉が足元でひとつ、ぱんと弾けた。

「逃がしませんよ、っと」

またひとつ飛んでくる雪玉は、今度は耳元をかすめて目の前の木の幹にぶつかった。

「わざと外してるでしょ!!」

「あ、わかる?」

にこにこしながらそう言う蔵馬はまだ雪玉を構えつつ、私との距離をかなり縮めていた。

「今度は当てるよ」

宣言すると、真っ直ぐに私を狙って雪玉を投げつけた。

けれど、あんまり正確なコントロールだったためか、身体の位置をずらすと簡単に避けることができてしまった。

「当たんないじゃない!」

得意になって挑発するような言葉がついもれる。

「…やってくれるね」

蔵馬の投げる玉をひたすら避け続けていると、彼がだんだん本気になってくるのがわかる。

「ちょっ、恐いってば!!」

ものすごい勢いで肩先をかすって背後の木に当たった雪玉が粉々に砕け散るのを見て、

蔵馬は「あ、しまった」、という顔をする。

「え?」

いきなり雪玉の猛ラッシュをやめてこっちに駆け寄ってくる蔵馬の行動の理由は、一瞬あとにすべてわかった。

思いっきり腕を引っ張られて蔵馬に抱きかかえられるように倒れた後ろで、

さっきまで立っていたあたりにどざざざ、とものすごい量の雪が落ちてきた。

蔵馬が投げた雪玉の衝撃で、木に積もっていた雪が一気に落ちてきたらしい。

「ゆ、雪だるまになるとこだった…」

「危なかったね」

先に立ち上がった蔵馬が助け起こそうとして手を出してくれた、そのとき。

その手をぐいと引っ張って、蔵馬を引き倒してしまう。

「なっ…!?」

めったに聞かない蔵馬の困惑した声に、みんながこっちを振り返る。

「えい!」

手近な雪を握って胸元にぽいとぶつけてやる。

「蔵馬から一点! さっき恐い思いしたお返し」

そう言ってクスクス笑うのが止まらない。

蔵馬はしばらく呆気にとられていたけれど、ついには一緒に笑い出してしまった。



たぶん今日が誕生日の私をたててくれたんだと思うけど、雪合戦は女の子チームの勝利で幕を下ろした。

終わって指先がかじかんでいても楽しい気持ちが止まらなくて、

雪かきがわりに雪玉を転がして大きな雪だるまづくりに挑戦することになった。

みんながきゃーきゃー言っているのを、蔵馬だけお寺の柱に寄りかかって立って、にこにこと眺めている。

「蔵馬」

「…。どうしたの? 寒くなった?」

「ん? うーん、そう」

蔵馬の横に並んで立って、徐々に巨大化していく雪だるまの胴体を眺めてみる。

「…そういえば、続き話したっけ」

「なぁに?」

「オレが冬を好きな理由」

「…私が生まれた季節だからって」

「うん。その続き」

聞いてない、と首を振ってみせると。

蔵馬は大切そうに私の手を取って、自分の頬に導いた。

「…寒いのはいい口実になるから、さ…に近づくためのね」

そう言って、その手に唇を押しつける。

真っ赤になって言葉もない私の髪を優しくなでつけると。

「よかった、楽しい誕生日になったみたいで」

にっこりと、安心したように笑った。

「…うん」

「誕生日、おめでとう」

「…ありがとう」

やっと心底からわき上がる気持ちが、自分でも嬉しいと思った。

髪を撫でていた指が頬を伝って私の顔を上げさせる。

予感がして目を閉じたら、とびきり優しいキスがおりてくる。

蔵馬のキスは、嫌な思いをすべて溶かして忘れさせてくれる。

誕生日に降る雪は、蔵馬がくれるキスのように、甘くて優しい記憶へと変わっていくのだった。


■■■ 雪花から十一月生まれのあなたへ ■■■

なんか誕生日祝いがこじつけのような話です;
雪花と当サイトの蔵馬より、
十一月生まれのあなたへ贈り物です。

よいお誕生日、素敵な一年となりますように。

雪花より。

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