十月生まれのあなたへ


『やぁ、、おはよう。よく眠れたかな…? 今日は特別な日だから、良い天気だといいんだけど…』

いつもならやかましい目覚ましのベルがをたたき起こすところだが、今朝は違った。

耳元をくすぐるような優しい声に、はぱっちりと目を覚ます。

「蔵馬っ!?」

もともとが伝説になるほどの有名な盗賊なのだから、

一人暮らしの恋人の部屋へ忍び込むなど彼には造作ないことだろう。

が、飛び起きたベッドの上にカーテンの隙間から朝日が射し込むばかりで、

蔵馬の気配などわずかにすらないのだった。

ぬくぬくと暖かいベッドから離れるのはちょっと名残惜しいけれど…まずはカーテンを開ける。

のびをひとつ、あくびもひとつ。

涙目でふと視線を落としたさきに、思わぬ来訪者を見つける。

「…???? とり…」

鳥が植木鉢に植わっている。

鉢を抱え上げてよく見てみれば、葉がはえて茎が伸びた先に鳥の頭。

…植物らしい。

「これね、さっきの声…」

訳の分からない植物のエキスパートといえば、の恋人・蔵馬に他ならない。

はその鳥にすっと指を這わせてみる。

すると、その鳥はまた、愛おしい声で話し始めた。

『驚いたかな? これはオウム草っていう無害な植物だから、心配しないで。

 とりあえずまず、今日は一日冒険してもらいます』

「冒険??」

すっとぼけた顔のオウムが蔵馬の声で話しているのはちょっと可愛くておかしい。

そして、彼の声の提案はなんだかとてもわくわくした思いをに抱かせる。

『まずは出かける支度を、ね。終わったら、またオウム草に触れてみてください』

順序よくセリフを仕込んであるらしい。

はばたばたと着替えに取りかかる。

冒険、冒険と言った?

いつもよりは少し動きやすい服に身を包み、先ほどのオウム草にもう一度触れてみる。

「準備はいいかな? では、出かけます。まずは桑原くんの家へ行ってください」

桑原の家までは電車でふた駅。

まだ人の少ない電車内には、眩しい朝の光が容赦なく射し込んでくる。

は最初に聞こえた蔵馬のセリフを思い浮かべた。

   『今日は特別な日だから…』

思い返す度に幸せな笑みがこぼれるのを抑えることができない。

(覚えててくれたんだよね)

今日はの誕生日。

これは恋人がのために仕組んだ、素敵なイベントに違いない。

桑原の家に着くと、塀の上から出迎えてくれたのは彼の愛猫・永吉だった。

「にゃあ」

「おはよう、永吉」

桑原くんはいる?

問うと、永吉はもう一度にゃあと鳴いてから先に立って門のほうへ歩き始めた。

「おう、!! 待ってたぜ」

「おはよう、桑原くん。永吉が案内してくれたの。お利口さんだね…」

「だろ〜? いい子だなー永吉」

桑原はにやぁと表情を緩めて、永吉を抱き上げる。

「あ、さん! おはようございます」

奥から雪菜が顔を出した。

「お誕生日おめでとうございます。これ、蔵馬さんからお言付けなんですけど」

手に持っていた包みをに差し出した。

「蔵馬から??」

「はい。それを持って、幽助さんのお宅へ行ってくださいと仰ってました」

「…幽助の家に…」

不思議そうに首を傾げるをよそに、桑原と雪菜は顔を見合わせて意味ありげに笑っている。

しっかり封のされた包みの中を見ることも出来ず、は幽助の家へと向かう。

訪ねると、夜間業をこなす幽助はまだ爆睡中だった。

「ごめんなさい、さん。あいつったら」

幽助と一緒に仕掛け人を請け負ったらしい螢子がすでに来ていて、にまた包みを渡す。

「お誕生日おめでとうございます、さん」

「…これ」

「幽助がね、蔵馬さんに用意して欲しいって頼まれたんですって。

 あと、児童公園に来て欲しいって言ってましたよ」

「公園…」

にもこの冒険の展開は読めてきた。

誰の家ということでもなく、公園ということは、次に出会うのは…

「…やっと来たか」

「飛影」

ふたつの包みを抱えて公園までやってきたは、荒い息でそう呼ぶ。

走ってやってきたを迎えたのはもちろん、決まった家を持たない飛影だ。

相変わらず黒ずくめの彼は、木の上に立ってを見下ろしていた。

「飛影も仕掛け人なの?」

「…なんのことだ」

「蔵馬に頼まれたんでしょう?」

「フン…くだらん」

そう言うと、身軽に木から飛び降りてに近づき、ずいと包みを差し出す。

「それを持ってさっさと幻海の寺へ行け」

「幻海師範のお寺??」

「そこに奴がいる」

「わかった。…ありがとう、飛影」

にっこりとするに、飛影はちょっと眉をひそめるようにしてそっぽを向いてしまう。

性格上こういう企みには参加しないであろう飛影だが、実は結構のことを気に入っている。

蔵馬はそれをちゃんと見抜いていて、飛影を牽制しつつ協力はさせるという手綱の取り方を心得ているのだ。

手を振って公園を出たを、飛影はただじっと見送った。

日はすでに高く、そろそろ昼を迎える頃だ。

腕の中のみっつの包みは一体なんだろう?

蔵馬は、一体何を考えているんだろう?

疑問を上げればきりがないけれど、きっとこれは素晴らしいことに違いない。

蔵馬はいつも、を驚かせ喜ばせてくれる天才なのだから。

無意識にほころぶ顔に気付かずに、はスキップ混じりで幻海の寺へと向かった。

長い石段を登り、寺が見えると…幻海師範が待っていた、というように出迎えてくれた。

「来たな。道具は揃ったか?」

「道具?? これ、なにかの道具なんですか?」

はみっつの包みを示して問うた。

「そうだ。まぁ、詳しくは蔵馬に聞くといい。ほれ、プー」

幻海師範が呼ぶと、幽助の霊界獣・プーがひょいと顔を覗かせた。

「こいつに乗っていけ。蔵馬は樹海の少し奥にいる」

「はい、わかりました」

はプーの背中に乗ると、プーはゆっくりと空に舞い上がった。


少しして着地したのは樹海の中でも岩ばかりが転がっている、比較的開けた場所。

「やあ、。よく来たね」

後ろから聞こえた声は、今日のを突き動かしてきたその源だ。

「蔵馬!」

「待ってたよ。冒険ご苦労様」

歩み寄って、そっとの身体を抱き寄せる。

「プーも、ご苦労様」

蔵馬がそう言うと、プーはまた一声鳴いてから空へと舞い上がり、寺のほうへと戻っていった。

「ね、種明かしをして」

「ああ、こっちにおいで…足下に気をつけて」

蔵馬はの手を引いて、更に樹海の奥に導いた。

少し薄暗いそこは、湿った空気が滞っての肌に絡みついてくる。

鬱蒼と木々の茂る中央に立つと、蔵馬は包みを開けるようにに言った。

包みの中から出てきたのは…ガラスのかたまりのような、ひやりとした石。

なにやら怪しげな、小瓶に入った液体。

そして、やはりガラスのような透明の玉だった。

「…これ、なに?」

「魔法の道具だよ」

「…魔法って」

なんてね、と言って苦笑する蔵馬。

「この石は氷柱石(ひょうちゅうせき)といって…雪菜ちゃんに作っておいてもらったものなんだ。

 それから、この薬は鈴木が作ったもので、この間幽助が魔界に行ったときについでに取りに行ってもらった。

 あとは…黄泉と躯がメッセージを寄越したいと言うから、言玉を飛影に預けておいたんだ」

蔵馬の説明は右から左へ、は目を丸くするばかり。

「ま、聞くより実際に見た方がいいだろうな」

蔵馬はそういうと、一本の古木にそっと手を触れる。

「…さぁ、目を覚ませ…」

妖気を通され、朽ちかけた木がみるみるよみがえるのをは目の当たりにしていた。

「すごい…木が…!」

魔界統一トーナメントでは、化石化した億年樹をよみがえらせた蔵馬だ。

人間界に生きた木に息を吹き込むなどわけないだろう。

「さて、上に行くよ」

「えっ?」

言うが早いか、蔵馬はを抱え上げて木の上へ跳び上がった。

「ちょっとっ…」

「びっくりした? ごめん」

二人分の体重がかかってもびくともしないだけの太さの枝に降り立ち、蔵馬はをそっと降ろす。

そうして、怪しげな薬の瓶のふたをあけた。

鈴木の薬の恐さを耳にしていたはさっと身構えたが、蔵馬はそれに苦笑して大丈夫、と付け加える。

しかしどうも瓶からシュウシュウと音を立てて煙がわいているのが気になるだ。

「気にしないで、常温で気化する性質なだけだから。それよりも、氷柱石をしっかり持っていてね」

言われて石を持ち直す。

「…蔵馬、この石、さっきよりずっと冷たいよ…」

「そう、薬の霧が作用しているからね」

「大丈夫なの!?」

「大丈夫。薬のレシピはオレが作ったし」

ちょっとほっとするだが、氷柱石の冷たさに手が痺れてきたことに思わず顔をしかめる。

「ほら、降りてきた…」

空中にそっと差し出された蔵馬の手のひらに、ふわり、と白い結晶が降りる。

「雪が降ってるの…?」

「そう、魔法のはじまり…」

悪戯っぽく笑う蔵馬。

枝々には花が咲いたように白い雪が次々とつもる。

木の幹や葉には水蒸気が白く凍り付いて、ここだけ冬が訪れたようにひやりと清められた空気が漂う。

「…蔵馬………!!」

が見上げて驚いたのに、蔵馬はにっこり微笑する。

蔵馬の妖気を通されて木は少しずつ生気を取り戻し、緑の葉が茂り始めていた。

ちいさな手をひらひらとさせるように、そこに現れたのはしなやかな楓の木。

それが、雪が降り霜が降りて、今まさに紅葉を始めたのだ。

「奇麗…! ステンドグラスみたい…!!」

まだ昼過ぎの明るい日差しが、木の上からは差し込んでいる。

それが色鮮やかに染まってゆく葉を透かして、きらきらと揺れているのだ。

そして、そのまわりには白い雪が降っているという、何とも不思議な情景。

氷柱石はゆるりとの腕の中でとけていった。

「…幽助が雷禅に呼ばれて魔界に行ったとき…そのあとも、

何度かこのあたりに魔界へのトンネルが通じたでしょう」

「うん」

「その影響でね、このあたりの植物の周期が狂い始めているんだ。ここだけはまだ真夏に近いんだよ」

はまわりの木々を見つめる。

若い緑が風に揺れて、とてもさわやかな光景なのだが…確かに季節外れに見えなくもない。

は秋生まれだから。目の前で紅葉するところを見せてあげたいなぁ、と思ってたら…ちょうどよく、ね」

蔵馬はにこりとに微笑みかける。

「…誕生日、おめでとう」

も微笑んでそれに応えると、蔵馬はそっと冷たさに痺れたの手を取り、大切そうに口づけた。

まるで、騎士がお姫様にするみたい。

はうっとりと、自分だけに忠誠を誓う赤い髪の騎士を見つめる。

彼は顔を上げると、今度は姫君の唇に優しく触れるだけのキスを贈る。

「…まるで、結婚式みたいだ」

「え?」

「ステンドグラスの前で誓いのキスをするってところが…」

まだ唇が触れるほどの近さで、蔵馬はそんなことを囁く。

は一瞬きょとんとして目をぱちぱちとさせていたが、

蔵馬の意図するところを理解すると赤くなって目を伏せてしまった。

蔵馬は嬉しそうに笑うと、また何度も唇を合わせる。

「こういうことなら…」

が切れ切れにそう言ったのを聞いて、蔵馬はうん? と首を傾げる。

「それっぽい格好してきたほうが良かったかな…白のワンピとか…」

「…!」

花嫁さんになりたかったな、などとが言うから、

蔵馬はたまらなくなってぎゅっと力を込めてを抱きしめる。

離れると、ふたりはなにかを企むようにくすくすと笑いあったのだった。


■■■ 雪花から十月生まれのあなたへ ■■■


まず九月よりやや糖度が低いことをお詫び申し上げます…。
長くなりすぎてあちこち削ったり足したりしまくりました。
雪花と当サイトの蔵馬より、
十月生まれのあなたへ贈り物です。

よいお誕生日、素敵な一年となりますように。

雪花より。

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