二月生まれのあなたへ


『くらまー。暖房が壊れたぁ』

の誕生日をふたりで祝おうという、約束の時間は14時。

けれどその日の午前中にがそんな電話をかけてきたので、蔵馬は急いで家を出ることになった。

可愛い彼女が風邪でも引いては大変だ。

(あ、でも待てよ)

走る歩調がゆるめられる。

(風邪を引いたを看病するっていうのも…)

良からぬ考えが頭をよぎって、蔵馬はしばらく想像の世界にひたってしまった。

しばらく逡巡したあとでハッと我に返り、何をしているのかとひとり赤面する。

道行く人がちらちらと蔵馬を見ては訝しげな様子で去っていく。

ころころと変わる彼の表情だけでも見物だったかもしれないが、

おそらくはへのプレゼントがこの上ない注目を集めるのに一役買っていたに違いない。

「さて、急ごうね」

ちいさな子供に諭すような言い方をして、蔵馬はプレゼントを抱え直した。

暖房の代わりになるとは思えないけれど、まぁ気持ちはほかほかするだろうと彼は思う。

見た瞬間にがなんと言うか、それが楽しみだ。

一方そのころ。

は冷え切った室内でコートを着込み、手袋をつけてマフラーを巻き、

完全防寒の状態でひたすら蔵馬が来るのを待っていた。

こういうときに頼れるのには違いないけれど、蔵馬の専門は植物だったはずだしとはたと思い当たる。

(…大丈夫かなぁ)

暖房が直らなかったら、眠っているうちに凍え死んでしまうんじゃないかなと考えて身震いする。

「あぁ、こたつが欲しいー」

ソファの上で丸くなって、は震える声でつぶやいた。

ただじっとしていてはやっぱり寒いだけだから、無意味に身体を揺すってみたりする。

さむい、さむい、さむい、もうそれしか頭にのぼってこないし、口にも出ない。

吐く息が心なしか白く曇ったように見えてげんなりしたとき、部屋の外で慌てた足音が聞こえた。

立ち上がった瞬間、待ちわびたチャイムが鳴らされた。

「はーい! 今出るね」

玄関まで走って行ってドアを開けると。

「誕生日おめでとう!」

そこにいた客は蔵馬ではなく…ふわふわしたもも色の巨大うさぎだった。

「うっ………?」

「あれ、リアクション薄いなぁ。外した? もしかして」

うさぎの肩元から、蔵馬の目がひょいと覗いた。

「蔵馬! 何これ、このうさぎ…」

十分驚いたつもりのはリアクションが薄いという言葉に思い切りかぶりを振る。

だらんとたれた耳を体長に含めれば、蔵馬の身長よりも遙かに大きいもも色のうさぎ。

蔵馬はまず巨大うさぎを玄関に押し込めて、あとから自分が入り込む。

「誕生日プレゼント」

「…この大きいの抱えてきたの?」

「うん」

は目を丸くした。

蔵馬に押しつけられて、今は自分にもたれかかっている、いい具合に力の抜けたうさぎのぬいぐるみ。

「きつねのほうが良かった?」

蔵馬はにこにこしながらそう聞いた。

「…きつねさんには心当たりがあるんで。結構です」

「妖狐に戻ってみる?」

「うん! しっぽで遊ばせて」

「いいけど…ああ、寒そう」

蔵馬はうさぎごとの身体をぎゅぅと抱きしめた。

「これから北極か南極に旅に出ますって格好」

「そうなのー。暖房直せるかな、蔵馬」

「わからないな、見てみないことには。せっかくの誕生日なのにね」

蔵馬は苦笑した。

「いいよ、おかげで蔵馬と一緒にいられる時間が長くなったもん」

は嬉しそうにそう言った。

頬が赤いのはきっと寒いせいなのだろうけれど、それだけじゃないと思いたい蔵馬だ。

暖房のみならず、家でなにか壊れたとか調子が悪いとかというトラブルがあれば、

自然と修理の役回りは蔵馬にまわってくる。

そこそこ仕組みはわかっているつもりだ。

「なんとかなりそうー?」

ソファでうさぎを抱えながら、はそう聞いた。

「うーん、どうかな」

蔵馬は肩越しにを振り返る。

「いいでしょ、そのうさぎ」

「うん、あったかい。今日暖房が直らなかったら、この子をだっこして寝る」

嬉しそうにうさぎに抱きつくに、蔵馬は予期しなかった不快感を覚えた。

「…ちょっと、それはやめて」

「なんで? だってこの子抱きまくらだよ」

「ダメったらダメなの。それはソファで抱っこしてなさい」

「なんで? 変なの」

「きつねだったら抱っこして寝てもいいよ」

「…………」

やきもちじゃん、と笑うに蔵馬は拗ねたような表情を向ける。

「じゃあ、この子に頼らなくても済むように、頑張って直してくださいな」

得意そうに言う

蔵馬はため息をつくと、持っていたドライバーを放り投げた。

修繕作業のあとを黙々と片づける。

「え、ダメ? 直らない? もしかして買い直し!?」

家計に大打撃、とは大げさに頬に手を当ててみたりする。

立ち上がって近寄ってきた蔵馬は、おもむろにうさぎの耳をつかんでから引き離す。

「大人げないよ、ぬいぐるみ相手に!」

「…悪かったな」

普段言わないようなぶっきらぼうなセリフに、はぽかんと蔵馬を見上げた。

「うさぎ返してくれる? 代わりにこっちで我慢して」

心なしか赤く染まった頬でそう言うと、のとなりに座ってその身体を後ろから抱き寄せた。

「…きつねさんもくれるの?」

「…だから、うさぎを返してって」

「ヤダ」

「………

「うさぎはソファ用にするから」

「…じゃあきつねはどこ用なの?」

意味ありげに聞き返した蔵馬に、もまた意味ありげに笑ってみせる。

どこだと思う、と問いかける前に、その唇は蔵馬にふさがれてしまった。

抵抗する間もなくの身体からは力が抜けていく。

蔵馬は何度もキスを繰り返しながら、しまいにはを抱き上げて隣室に連れ込んでしまった。

それから夕方を過ぎるまで、は抱きまくらのはずの狐に抱きしめられたまま離してなどもらえなかった。



暖房の入らない部屋で、はまだ寒い寒いとわめいている。

蔵馬は呆れ半分、すまなさ半分で息をついた。

「人肌が一番あったまるって言わない?」

「言っても寒いの! 蔵馬は今日は抱きまくらでしょー!?」

役目を果たしなさいと腕を伸べられて、蔵馬は苦笑しながらその中に抱きしめられてみた。

いつもとは逆だったのだが、それもたまにはいいかと思う。

「今日はずっと抱きまくらに徹しててあげるから、心配しないで?」

お望みなら明日もあさってもいつでもと言うと、むすっとした顔のに髪を引っ張られる。

「…寒いね」

「寒いね」

「蔵馬はあったかいよ」

「そう? もとが獣だから、体温が高いのかもね」

の喉元で、蔵馬はくすくすと笑った。

「あーあ、やっぱ暖房は買い直しかなぁ…」

「その心配はないよ」

心地よさそうに目を閉じたまま、蔵馬はそう言った。

「…直りそうだった?」

「もとから壊れてなかったから」

「え?」

「俗に言うバッテリィ切れですか」

「は??」

「プラグが半分抜けてただけだよ」

あまりの言いようには目を白黒させた。

「じゃあ、壊れてないのに修理してたの?」

「正確には、そのふりを」

この展開に持ち込むためだけの、遠回しな策と計算、演技に罠に…

「むかつく────!!」

もも色のうさぎは抱きまくらとしての本業を果たせずに、ソファの上に放っておかれたままだった。

計算通りに事を運ぶに長けた狐氏もそのあと、彼女をなだめるのにずいぶん骨を折ったそうだ。

■■■ 雪花から二月生まれのあなたへ ■■■

雪国暮らしの雪花宅にこたつはありません…
雪花と当サイトの蔵馬より、
二月生まれのあなたへ贈り物です。

よいお誕生日、素敵な一年となりますように。

雪花より。


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